第65回 意外な接点?「あんたがたどこさ」と川越パイオニア吹奏楽団

コラム

2014年 7月 1日

7月に入り、当団の第12回アンサンブルコンサートが近づいてきました。今回はその第12回アンサンブルコンサートで演奏する曲目の中から日本民謡組曲「わらべ唄」に関する話題を取り上げます。

日本には昔から伝わる民謡が多々ありますが、日本民謡組曲「わらべ唄」はそんな民謡の中でもよく知られている「あんたがたどこさ」、「子守歌」、そして「山寺のお尚さん」の3曲からなる組曲です。日本の吹奏楽を代表する作曲家である兼田敏さんの作品で、元々はアメリカの高校生に向けて書かれました。作曲されてから50年以上経ちますが、日本人なら誰もが知っている民謡がモチーフになっているということもあり、今もなお各地の吹奏楽の演奏会で演奏される人気の作品です。

川越の観光名所の1つである川越城本丸御殿

さて、この日本民謡組曲「わらべ唄」の中の「あんたがたどこさ」ですが、ご存じの通り歌詞では「あんたがたどこさ」と訊いた答えが「肥後さ」、次に「肥後どこさ」の答えが「熊本さ」、そして最後に「熊本どこさ」の答えが「せんばさ」となっています。この「せんばさ」の指すのが現在の熊本市の船場橋付近というのが通説となっており、したがって「あんたがたどこさ」の発祥は熊本とされています。これを受けて「あんたがたどこさ」の正式な題名も「肥後手まり唄」となっています。

しかし、この「あんたがたどこさ」の発祥については「熊本ではない」という別の説があります。どこかというと、何とアンサンブルコンサートの会場のある川越です。歌詞の中に「熊本」とあるのにそこからは遠く離れた川越が発祥とはちょっと意外ですが、ちゃんとそれなりの理由があります。

「あんたがたどこさ」は幕末から明治時代の初期にできたと言われていますが、ちょうど戊辰戦争時に川越城に明治新政府軍が進駐し、近くの仙波山に陣取っていた時期がありました。その仙波山付近に住む子供たちが熊本藩出身の兵士に出身を尋ね、それを答えたのが唄になった、というのが川越説の元になっています。「せんば」が「船場」ではなく「仙波」だったいうわけですね。素人目には若干こじつけ(?)のような気もしないでもないですが、歌詞が関東方言に依っていることなどから専門家からは川越説も有力とされているようです。

川越城本丸御殿の大広間
大広間が現存する城は全国的に見ても少なく歴史的に貴重

このように「あんたがたどこさ」の発祥には熊本説と川越説があるわけですが、今後よほどの決定的証拠でも出てこない限り両方の説とも主張され続けるでしょう。むしろその方がいろいろと想像を掻き立てられていいかもしれませんね。いずれにしろ、曲の発祥とされる舞台の近くで演奏できるのは当団としては幸運なことだと言えます。

川越城は室町時代に築かれましたが、その後時を経て現在は本丸御殿だけが残っています。現存の本丸御殿は1848年に建てられたものであり、したがって前述の熊本藩出身の兵士が実際に駐屯していた当時のものがそのままあることになります。この本丸御殿はアンサンブルコンサートの会場である川越市市民会館から徒歩で行けるほどの近さにありますので、もしお時間があればアンサンブルコンサートのついでに寄られては如何でしょうか。演奏に加えて発祥の地を訪ねることで、「あんたがたどこさ」の世界をより深く感じていただけることと思います。

文責:磨墨

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