第78回 リード、ベギアン、そしてコミタスの「アルメニアン・ダンス」パイオニア吹奏楽団

コラム

2015年 12月 2日

「演奏会情報」をご覧になってもお分かりの通り、当団の第26回定期演奏会のプログラムがおおよそ決まりました。今回はその中でメインプログラムとしてお送りする予定の「アルメニアン・ダンス」に関する話題を取り上げたいと思います。

「アルメニアン・ダンス」は、アルメニア系アメリカ人の指揮者ハリー・ベギアンの委嘱を受けたアメリカの作曲家アルフレッド・リードによって書かれた曲です。1973年に作曲された「パート1」と1976年に作曲された「パート2」があり、いずれもベギアンの指揮によって初演が催されました。「パート1」と「パート2」のそれぞれでも曲として成り立っていますが、2つ合わせて4楽章からなる1つの組曲にもなっており、全部演奏すると30分以上にもなります。リードの代表作でもあるこの曲は日本でも長い間人気を誇っており、全日本吹奏楽コンクールの自由曲でも取り上げる学校や団体が多く見られます。

当団でも第5回定期演奏会及び第14回定期演奏会で「パート1」を、第10回定期演奏会で「パート2」をメインプログラムで取り上げたことがあります。特に「パート1」を演奏した第5回定期演奏会は当団が初めて所沢市民文化センター「ミューズ」マーキーホール(中ホール)で定期演奏会を開催したときであり、また第14回定期演奏会は同じく「ミューズ」のアークホール(大ホール)で初めて定期演奏会を開催したときでした。こうして見てみると、当団の発展の節目で「アルメニアン・ダンス」が登場していることになりますね。

所沢市民文化センター「ミューズ」マーキーホール
当団の第5回から第13回までの定期演奏会の会場となった

さて、そんな「アルメニアン・ダンス」ですが、日本にいると「アルメニアってどこ?」という感覚の方が多いかと思います。日本から近いわけでもなく、日頃ニュースにもなりづらいのでそれも当然かもしれません。

アルメニアは地理的にはトルコ・ジョージア(グルジア)・アゼルバイジャン・イランに囲まれたところにあり、ヨーロッパとアジアの接点の1つともいえる場所に環境しています。民族としての歴史は紀元前から連綿と続いているものの、小国の悲哀というべきか長らく周囲の大国の動向に翻弄されてきた歴史を持っています。その代表的な例として、日本ではあまり知られていませんが、19世紀末から20世紀初頭に当時のオスマントルコ支配下にあったアルメニア人が何十万人も虐殺されるという痛ましい事件が起こっています。その後ソ連を構成する一共和国の時代を経て、1991年のソ連崩壊と共に独立国家となり、現在に至っています。

そのアルメニアが苦難の時期にあった19世紀末から20世紀初頭に、コミタスというアルメニア人の音楽家が活躍していました。コミタスはベルリンに留学するなどして西洋音楽の理論や作曲を学んだほか、ヨーロッパにアルメニアの音楽の紹介も積極的に行いました。またアルメニアに伝わる教会音楽や民謡を集め続け、西洋音楽の技法と融合させることで代表作「パタラク」などに昇華させるという業績を残しています。他国の抑圧下にあってもこのような音楽が生まれることに文化の力強さを感じますね。

19世紀末から20世紀初頭に活躍したアルメニア人の音楽家コミタス

このようなコミタスの事績はアルメニア人にとって誇りであったと思われます。アルメニアにルーツを持つベギアンにとってもそうだったことでしょう。そしてコミタスが集めたアルメニアの民謡や舞曲を元にリードに作曲を委嘱しました。その結果、生まれたのが「アルメニアン・ダンス」です。

今回の定期演奏会ではその「アルメニアン・ダンス」の「パート1」と「パート2」を合わせて取り上げます。当団にとって両方同時に演奏するのは初めてでありハードルも決して低くはありませんが、リードやベギアン、そしてコミタスの思いを込めた世界を披露するいい機会だと考えています。是非ご来場下さい。

文責:磨墨

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