Vol. 14 金井真介さん(プロデューサ/ダイアローグインザダーク)

都市に真っ暗闇の体験をつくる

“最近、自分の手が見えないほどの"闇"を体験したことがありますか?
目以外のなにかで、ものをみようと思ったことがありますか?”

以前、ヨーロッパで開催された『暗闇展』という不思議な展覧会の話を聞いた。
会場は真っ暗闇で、誰かに鼻をつままれても、わからないほど。
入場者は、視覚障害者のナビゲートでその闇の世界を歩き、視覚以外の感覚が全開状態になる。
最後は真っ暗なバーでドリンクを飲み、手触りを頼りにコインを支払い、その暗闇での体験を互いに語り合うという....。

この話を耳にして、「それはスゴイ! 絶対に体験したい!( 企画した人がにくい!)」
とまで頭に血が上ったのは、今から数年前。
ところがこれと同じ内容の展覧会が、さる11/2~3、
東京ビックサイトで約220名(完全予約制)を対象に、開催されていたのです。

取るモノも取りあえず、実行委員長の金井真介さんにインタビューを申し込んだ。
(ニシ)

『暗闇展』という名称は、僕の聞き間違いだったんですね。

金井真介さん
金井:ええ、今回は『黎明:Reimei Project '99』という名称で開催しましたが、オリジナルは“Dialog in the Dark”といいます。ドイツのハイネッケ博士が考案し、1989年に始めたものです。
ヨーロッパでは、すでにいくつもの都市で開催されていて有名です。来年3月からはドイツのハンブルグで、3年間の長期プログラムも始まるようです。
金井さんご本人は、いつどのように『Dialog...』を体験したんですか?

世界各地で開催されている、
Dialog in the Dark の冊子。
(Reimei '99の小冊子より)
金井:最初は小さな新聞記事で見かけたんですよ。“ウイーンの自然史博物館で開催中の、“闇の中の対話”と題する展覧会が人気を集めている。....最後の真っ暗なバーで聞かれるのは、視覚を失うことに戸惑い、他の感覚が突然敏感になることを自負しながら、盲人の世界の深さを知ることへの驚きだ”、などと書いてあって。
「ぜひとも、この展覧会を日本で開催したい!」と思ったんです。それが今から6年前。実際の体験は2年前のローマ会場でした。視覚障害の方々と一緒に街を歩いたり、アイマスクをかけて盲導犬に引いてもらうといった疑似体験イベントが、時々ありますよね。カラダに重りを付けて、老人の不具合さを体験したり。とても大切なことです。けど、やはり疑似を越える体験ではない。 ところが、“....Dark”は、実際にやってみると単なる疑似体験に終わらないんですよ。なにかこうね、暖かくなってくるんです。 全く知らない同士が、この共有体験で連帯感が生まれたり、人が妙に好きになったり。
落ち着いてくる....、ということですか?
金井:たとえば、音に耳を澄ましたい時って、自然と目をつむるじゃないですか。あの感じかな。
感覚が、より全身的に生き生きとしてくることで、こころに余裕が出てくるのでしょうか。
金井:よく、環境情報の約80%は視覚情報だって言われますよね。真っ暗闇の世界に入ることで、その80%がゼロになって、逆に残りの20%の諸感覚が100%まで引き伸ばされる。
自分の手を見ようとしても、なにも見えないような世界で、もちろんまず不安になるわけです。でも視覚障害の方々の頼もしい声の先導によって 、やがて足や耳。あるいは暗闇の向こう側に立っている他の人との距離感。そうしたものが、よりビビッドに感じられるようになってくる。
自分の手のひらも見えないような暗闇....。
金井:欠かせないものなんですけど、日本の都市の中にそれをつくり出すのは、ほんとうに容易なことじゃないんですよね。
実際に、どんな変化や発見がありましたか?
金井:やはりまず「音」の聴こえ方が変わります。
暗闇の中には、いろんなコーナーを用意していたんです。落ち葉を踏んで歩く森のコーナーや、砂利道の一角、あるいは細い橋を渡る川であるとか。もちろん本物の川は流せないので、せせらぎの音を流すわけです。音響の方々が設営に来てくれて、すごく気持ちのいい音源も用意してくれた。
でも、実際に真っ暗闇の中で聴いていると、川の音の生な感覚が伝わってこないんです。なぜだろう。たとえば、普段なら全く気にならないような、スピーカーが出している微妙なノイズが耳についてしまうんですよ。
川の水でなく、スピーカの存在を耳で感じてしまうわけですね。
金井:スピーカーの音だと、音源との距離感がうまく感じられない、ということに気付いた人もいたようです。視覚障害の方の中に、バイオリンを弾ける方がいらっしゃって、彼が最後のバーのナビゲータを担当した時、みんなをリラックスさせようとカウンター越しにバイオリンを弾いてくれたんです。スピーカーの音と違って、生音だと距離感がはっきりと感じられて、自分の位置が確認できるんですよね。
音は、耳だけでなく、全身で聴いているということなのかな。
金井:最後のバーは白眉ですよね。みんなここでイッちゃう(笑)。
え?イクって、どういう意味ですか。
金井:頭でわかっていた「真っ暗闇の体験」というコンセプトが、ここで許容範囲を超えてしまう。だって、見えない状態で他の人がつくってくれたものを飲むんですよ。ある種、生命に関わる話ですよね。
視覚障害の方々は普段から、なにか飲む前には必ずその香りを嗅いでいます。それとおなじように、マナーではなく、みんなも嗅ぐ。でも、普段はお茶を飲む前にも、あまり嗅がなかったりしますよね。やっぱりそれはもったいないですよね。
音と同じくらい、「匂い」も際だってくるでしょうね。
金井:森のコーナーに敷き詰める落ち葉を、最初は東京の雑木林で拾い集めたんです。なぜだか無意識に、美しく紅葉した葉を選んでいたのに気がつきました(笑)。家に戻って部屋に広げて、暗くしてみる。すると、どうも臭いんです。
ううむ。
金井:排気ガスとか、水とか、土とか、いろんな要素が混じっていると思うんですけど、気持ちよくないんですね。それで、仕方ないから北海道の阿寒町に住んでいる友人を訪ねて、一緒に森を歩き回って落ち葉を拾い集めたんです。
暗くするだけとはいえ、大変な準備が必要ですね。
金井:いや、そうなんです。だけど、今回、実際には三週間しかなかったんですよ。「こういう場所があるけど、前から言ってたやつをやってみないか?」って、たまたまある人から連絡が入ったのが三週間前。それから一気に組み立ったんです。もちろん、自分一人で出来ることじゃないですよ。でも関わったスタッフ全員、自分の本来の仕事と併行しての作業でしたから、すごかったですね。
素晴らしい!
金井:ですから北海道へ行ったのも、もう二日前でした。森を歩き回りながら、どうやれば少しでも森らしく感じられるだろう、と考えるわけです。すると、葉っぱに混じって小枝の折れる音が聴こえることだとか、下の方へ行くほど土に戻っていく層をなしている腐葉土の弾力であるとか、そういうもの全体を「森」として感じながら歩いているんだなあって気が付いて。
金井さんたちには、最高の三週間ですね(笑)。世界を再発見する三週間。自分たちならではの、いろんな試みも必要だろうし。
金井:ハイネッケ博士のグループは、“....Dark”について数々のノウハウを持っていて、専門的なコンサルティングをしてくれます。しかし今回はあまりにも急で、その時間もなかったので、彼にことわりを入れた上で、自分たちなりの工夫で組み立てました。
たとえば、全盲の子供達がつくった粘土の彫刻を、手で触って観賞するコーナーも用意したんです。
手でつくったものを手で感じ取る、というのはいいですね!
金井:視覚障害者による彫刻・絵画展って時々ありますけど、それを目で見て「きれいだねえ」とか「うまく描けているねえ」って評価しても、しょうがないですよね。
いや、まったくです。
金井:現代美術アーティストの西村陽平さんという方がいらっしゃって、彼はたとえば鳥を見たことがない盲学校の子供達と、粘土で鳥をつくるといった授業をなさっている。「飛ぶってなんだろう」というところから対話を始めるんです。そして段階を追って「鳥ってなんだろう」と、次第にイメージを膨らませながら、めいめいの造形に入る。とても素敵な仕事です。
『黎明』でも、目ではなく手を使って、彼らのイメージを受け取ることができたらと思ったんです。
参加された人々の反応はどうでしたか?
金井:20分ほどの短い体験でしたが、やはり真っ暗なので、音に対する感覚が目立って変化しますよね。人によっては、「音に色がある」って言うんですよ。
「色」とは、また感覚的な表現ですね。
金井:日本には、「音色」という言葉がありますよね。「香りをきく」という言い方もする。なにかこう日本人には、五感に分けて整理することのない全身的な感覚が、もともと備わっているんじゃないかな。たとえば、見るではなく「観る」という言葉であるとか。
「観音」とも言いますよね。
金井:金井:そうそう。だからでしょうか。みんな「素晴らしい体験だった!」と興奮するだけじゃなくて、『あらためて言うまでもないけど、感覚の世界には、こういう広がりと奥行きがあるんだよねえ』って、語り始めるんですよ。来場者が、全員主催者みたいな感じで(笑)。
この絵はなんですか?
金井:一般的に“....Dark”はバーのコーナーで終わりなんですけど、僕は個々の体験を互いにシェアする部分をもっと膨らませてみた方がいいと思って。最後に、各自の体験を絵や文字で描いてもらいながら、感想を語り合ってもらったんです。
“暗闇のブランコは、メロディーの必要ない音楽のようでした。
とても楽しい”
山根カホリさんの感想スケッチより
“人の声がこんなに頼りになったのもはじめてなら、
飲む前にこんなにワインが美味しいと思ったのもはじめてです。
人に手をとってもらうことも、すごく嬉しかった。
これから旅をしたら、その土地土地で目をとじてみる時間を持ちます”
樋口道子さんの感想スケッチより

“バイオリンの音に色を感じました。
それはオレンジと真紅で、不透明な、強い感じの明るい色でした”
池田千登勢さんの感想スケッチより

“闇という恐怖は、
人の温かい声でぬぐい去れるということを知りました”
堀川かおりさんの感想スケッチより
“急にミカンが現れて、
さわるとなつかしくて涙が出たので、おどろいた”
吉田ちえ子さんの感想スケッチより

“真っ暗のすき間をさがしていく”
山崎玲子さんの感想スケッチより

田中秀男さんの感想スケッチより
すごいなあ。どれも生き生きとしていますね。
金井:新聞社等の方から「会場内の写真を撮らせてほしい。それがないと記事にならない」と言われたのですが、それをやったら意味がない。ちょうど夢の中を撮影するために、頭の中にカメラを入れるようなものだと。実体験して、記事にしてもらいました。中には、イラストレータを同伴してきた新聞社さんもあったし、全盲の記者スタッフの方がいらした例もありました。
“一緒に入った親子連れのおとうさんは
『ビールの匂いを思い出した』、
別の男性は『なんだかホッとしますね』と感想をもらした”
毎日新聞ホームページより
“外に出ると目がしょぼしょぼした。
見えないのに、ずっと目を開いていたからだろう。
いかに目に頼っているか、痛感した”
朝日新聞より
主催者にとっても、大きな収穫が返ってきていますね。
金井:私は、いろんな人や物事の関係性を組み替えるものをつくりたい、とずっと思っていました。“Dialog in the Dark”はその素晴らしい一例です。障害者と健常者の垣根を取り払うイベントにもなるし、世界を再発見する体験として、子供達にも提供できます。
具体的なスケジュールはまだこれからですが、今回の『黎明:Reimei Project '99』をテストケースに学校、自治体、病院、企業など、国内での機会をつくっていきたいと思っています。(おわり)

金井真介(かないしんすけ)

1962年兵庫県明石市生まれ。小学校時代から写真を撮り始め、奈良大和路をライフワーク持つ写真家・藤田浩氏に弟子入りする。広告代理店でビジネスの現場を学んだ後、(株)Future Magic Labo.(未来の魅力創造研究所)を設立。現在はその経営を断念し、(株)レイアップで、玩具デザインやマルチメディアコンテンツの制作、キャラクターマーチャンダイジングを手がけ、Future Value としての「次世代の遊び」をプロデュースしている。「黎明:Reiemi Project」開催実行委員会委員長。

Dialogue in the dark