Vol. 11 津村 喬さん

カラダの中の音に耳を傾ける

気功と津村さんのお仕事について、教えてもらえませんか。
津村:普通、気功というと医療気功(病気を治す気功)を思い浮かべると思いますが、本来の気功の中で医療気功は、ひじょうにマイナーで部分的なものです。もともと気功は、自分で自分のカラダをよくしていく、養生というようなものであって、専門家が外側からやってあげるものではない。自分で、自分のバランスを絶えず回復しておくものです。
日常の食べ物を通じて、それを薬にしていくことを食養といいますよね。食養がうまくいかなくなったときに漢方薬があるわけです。それと同じように、日々の立ち居振舞のなかで、うまく気をめぐらせて、破綻しないようにするというのも気功です。それが破綻したときに針灸があったり、人に手を当ててもらったりとかがあるわけです。
そういう意味では、いま日本で広がっている気功のイメージというのは、とても狭いイメージになってしまっている。中国で病院に行くと、大きな病院にはみんな気功科というのがあるんです。
そうなんですか。
津村:内科や小児科で処理できない病気は、全部気功科へ回ってくるわけですね(笑)。
「ノンセクションの100」、みたいなものですね(笑)。
津村:気功科に回されてくるのは、難病かありふれた病気なんですよ(笑)。肩凝りなんて、治しようがないでしょう。内科でも整形外科でも、なかなか治せないわけですよね。そういう肩凝りや目の疲れといったありふれたことを治すのと、胃潰瘍など心身症的なものを治すことと、慢性化して手がつけられないようなもの、薬でも手術でも治らないようなものを気功で治していく。その3つが、主な医療気功です。
で、僕がやっている気功は、病気になってからどうするかという気功ではなくて、いま自分の持っている生命力をどのように、どれだけ、いちばんよく発揮していくか。そのことのひとつに、健康に生きていくことはもちろんあるわけですけれども、健康法というだけではなくて、カラダの存在が持っているいろいろな可能性を、いろいろな角度で開いていけるチャンスを提供していくというのかな、そのための手法なんです。
僕は16歳のときから気功をはじめて、35年間に100人以上の先生について、そこで教わったことをぜんぶ情報公開してきました。5000年来、新石器時代からずっと続いてきた気功が、本当に21世紀に役に立つようになるためには、内向きになっている個々の流派から解放されないといけない。そのためにも、自分がこのカラダを通じて知ったことは、ぜんぶ公開してしまおう、という態度でやってきたわけです。
定期的に、教室を開かれたりしているんですか?
津村:あちこちでやっていますよ。東京でもやっています。東京では月1回、土・日に4コマぐらいやっているんです。地元の大津で毎週5コマぐらいやっていて、それから高槻、大阪、神戸、京都と月1日ずつやっているんです。
気功のなかに、耳や音を使うものはありますか?
津村:声を出す気功というのは、けっこう多いんです。声を出す気功は、大ざっぱにいって4つあるんですけれども、ひとつは「ソォーン」という音を出すんです。
「ソォーン」ですか。
津村:「ソォーン」というのはS、O、N、Gなんですけれども、中国語の表音文字ではね。SONGといったら英語の歌という意味ですけれども、これはリラックスという意味なんです。
「鬆」と書くんですけれど、あまり見かけない字でしょう。訓読みだと「す」となる。大根に鬆(す)が入るとか読みます。スカスカになっているという意味です。それを中国では、リラックスの意味に当てたんです。固体なんだけれども、液体や気体が自由に通れる状態という意味です。筋肉というのはカチカチに見えるんだけれども、そこに気を通したり、血液を通したりすれば大丈夫なんだという意味です。
それが「鬆」なんですけれども、「鬆(SONG)」と言った場合に、中国人にとってはそれが、即自己暗示になるというか。中国人は割と、文字を思い浮かべることで、その心境になるんですね。
いいですね。オブジェクト思考ですね。
津村:たとえば「恐れなくていいんだよ」、というとき「恐れるという一字を捨てよ」、という言い方をするんですよね(笑)。怖いという文字を捨ててしまうと、もう恐れない。そういうふうに文字を想像する。ある文字を思い浮かべるとその状態になれるという人が多いわけです。
「鬆」という文字を思い浮かべて、その音を実際に出してみると一種の音魂(おとだま)です。音の魂で、実際緩んでしまうんです。ずっと鼻にかけて伸ばしていきます。「ソオーン」というふうに奥へ奥へやっていくと、骨振動というんですけれども、骨が細かく震えはじめて、その回りから細かい筋肉がほぐれてくるんです。だからこの音を出しているだッで、長いこと念仏をあげたような感じになってくるわけです。
実は、念仏も、全部気功法といえば気功法なんですけれども、あれはもう何でもいいわけです。南無妙法蓮華経でなければいけないというのは宗派の要求であって、何の音でも実はよくて。
響かせていればいいということですか。
津村:響かせて、呼吸を整えることもあるしね。座禅をやっている人には盲点になっているんだけれども、声を出していたほうがずっと無になれるんです。マントラというか念仏をやっていたほうが、座禅をやっている人よりも、かえって瞑想状態が深かったりするんです。そのマントラは南無妙法蓮華経でも何でもいい、というと怒られるけれども(笑)。
意味がわからないほど、いいんですよ。わからないほど、いわゆる右脳状態になるんです。考えないというか。「こういう意味のありがたい言葉なんだ」と言われたとたんに、効きにくくなくなってしまうものでね(笑)。チベット語か何かの、わけのわからないものをやっていると、本当に没頭できるわけです。僕らがやっているのは、チベット密教の「オン・ア・フム(ONG/A/HUM)」だとか、「オンマニペメフム(ong/ma/ni/pei/mei/hum)」だとか。そういうのをずっと、場合によっては1時間ぐらい出し続けるわけです。
高い音を出すと、やはり気が上がります。緊張して興奮しますし、低い音を出すと、逆にだんだん穏やかになりますよね。だから高血圧の人を、高い音からだんだん落としてきて、声と一緒に気を落とさせると、数値も下がってくるとか。そういう声の高さを使って、あるいは元気のない人がだんだん声を長くしていくと元気になっていくとか。そういう音の高さがカラダに与える影響を、使っていくやり方です。典型的なものに、がん治療でよく知られた郭林新気功というのがあるんですが、その中の吐音導引、音を吐く導引。導引というのは、気を導いていくやり方のことですが、音を吐いて気を導いていくんです。音の高さを使ったカラダの調整です。
もうひとつが、六字訣という有名なもので、これは違う音を出すと、その音ごとに違う内蔵だけが響きます。例えば、「シー(shu)」という音、これはSにウムラートの音ですけれども、「シー(shu)」という音を出していくと肝臓だけが明らかに活性化し始めるんです。これは、すぐ測定することができるんです。心臓の場合には、「クー(ke)」という音なんです。Kにアポストロフので強いKです。Kにあいまい母音を伸ばしていって、「クー(ke)」という音を出していくと、たとえば階段を駆け上がって息を切らしているときに、このクーの音を出すと、ひじょうに早く治まるというのがあるんです。
腎臓の場合には、「チュイー(chui)」という音です。ついでだから言いますけれども、脾臓という消化器系の場合は「フー」という音です。肺の場合には「スー」という音ですけれども、ある動作とともにこういう音をずっと出していって、長くといってもそんな苦しくない程度に、それを6回繰り返す。例えば、脈を見て、あなたの胃の調子はあまりよくないとか言われたとします。その場で「フー」の音を6回出すと、その脈が変わってしまうんです。それぐらい即効性のある治療なんです。
六字訣は、気功法としてひじょうに完成されたものなんですが、いまだに何で効くのかよくわからない(笑)。だけど、もう2500年もずっと臨床に使われてきたものです。
カラダの中の、ひじょうに微妙なものを動かすことになるんでしょうか?
津村:口の回りは、普通知られているツボ以上に、カラダにいろいろな影響があるんです。どんな口の形をとるかがね。というのは、カラダの中でいちばん緊張しているのがあごなんです。あごに、筋肉疲労が集中していることが多いんですよ。
ひとつには、声を出してコミュニケーションをすること自体が、すごい緊張ですよね。きちんとものを言わなければいけない、ということ自体が、のどと口に対するすごい負荷になっています。人からいろいろ言葉を受け取ったときにも、歯がみしたり、感情をみんなここでとめていくわけです。きちんとしていなければ、なんていうときにあくびをかみ殺すのも、歯をかみしめてきちんとしたいわけですよね。要するに、そういうことの、自律神経の緊張のいちばんマークがあるのが、あごなんです。
あごへの緊張の蓄積というのは、だれでもすごいんです。だから、あごをほぐすだけで、すぐ表情が変わってしまいますし、今30代ぐらいの方でストレス性の難聴というのが増えていますけれども、あごの緊張なんです。あごの運動をしているとすぐ治ってしまうんです。
歯ぎしりというのは、まだエネルギーを放出していますからいいんです。それもしなくなると、ツーンと耳鳴りがするようになって、突発性難聴になりやすいんです。それは、あごがうまく動かなくなったからです。まず大口をあけて、開いたり閉じたりできるようにして、今度は横ノ動かしたり前後に動かしたり、いろいろ回すんです。ほぐしていくとだんだんに気が通りやすくなっていく。
この耳の穴のすぐ前のところに、首から肩、大胸筋にかけて全部ほぐすツボがあるんです。ほぐすといっても、ここをただもんでもだめで、ここから気を送っていくと、大胸筋までぜんぶ緩む。ひじょうに大事なツボなんです。ここが閉じていることで、みんな胸が閉じる。人に向き合ったときに、こういう感じ(前かがみ)になって、まず拒絶している印象になってしまう。それは、胸の閉じ方から出るんですよ。
それがもっとひどくなると、いつも「すみません」という感じになっていって、身が縮む思いをしていると、本当にここが縮んでくるんです。そうすると、喘息でもないのに喘息の症状が出てきたり、心臓病でもないのに心臓病が出たりする。そういうストレス性の緊張というのはすごく大きいので、逆に歌を歌うとか、声を出しているとかするだけで、思いもよらないことが治るんです。あごの回りのバランスを変えるということですね。
発声は、内蔵を使う感じもありますよね。耳を使う気功、というのはありますか。
津村:耳、そうですね。中から声を聴くということはあるんでしょうけれども。
カラダの中の話ではなく、外の話になってしまうんですが、ある音のワークショップに参加したことがあるんです。いろいろな人が集まったんですけれども、窓をあけて、いちばん遠くの音を聞きましょうと、1分間ぐらい目をつぶるんですけれど、そうすると次第に遠くの音が聴こえ始めるんです。どんどん広がっていく。それで1分たって、パッと目を開いたときに、やはりみんなの顔つきが変わっているんですよね。これなんか、一種の気功なのではないかと思ったんですけれども。
津村:感覚を開いていくというか、開いたうえで、自分にとって都合のいい音を選択していくのかもしれませんね(笑)。つまり、気持ちのいい音しか聴かない、というふうにしてしまうわけですよ。
外で自動車が通っていても、好きな音楽をかけていると、音楽しか聴こえないことがありますよね。それは一種の気功状態で、今とにかく気持ちよくなるための最適の情報だけを外から取り入れるという、便利なやり方なんですよ(笑)。
今流れているあらゆる音の中で、今の自分にいちばんいい音を選択してくるという。はじめは気になって、物売りの声がうるさいとか、せっかく私が瞑想状態になろうと思っているのに犬が鳴いているとか、周りの世界を恨んでばかりいるんですけれども、だんだんそれがなくなってくるわけです。何も耳に入ってこないわけではないんだけれども、自分にとって都合が悪いというか、いまいらないものは全部流してしまうという感覚の開き方。自分を守る開き方をするようになりますね。
快楽的ですね、すごく。:-)
津村:そうですね。
何かいろいろなポーズをしなくてはいけないとか、努力をしなくてはいけない、あるいは教則を守らなくてはいけないとか、そういう乗りが、津村さんの気功の話しからは、ぜんぜん感じられない。
津村:たまにつらいこともするんだけれども、それは快感を拡大するためにするんです。だから、はじめて食べるとトウガラシをおいしいと思えないけれども、だんだんはまっていくというのと同じで(笑)。はじめての人にはしんどいかもしれない、というのはあるんですよね。
カラダの中の音の話を少し伺いたいんですけれども、佐治晴夫さんの対談集『宇宙の中のわたし・わたしの中の宇宙』という本で、佐治さんが「宇宙には音が充満している」という話をした後、津村さんが「宇宙飛行士がどんな音を聞いているか」とか、「カラダの中にもともと音がある」といった話をされていましたね。
津村:宇宙飛行士が船外に出たときに聞く音というのは、もともとのヒンズーの声音です。「オーム」の音に非常に近い、と言う人がいるわけですよね。『ガイアシンフォニー』の第二番で、ジャック・マイヨールが、100メートル以上潜ったとき「ウーン」という音が聞こえるんだ、ということを言っていますよね。その音が、やはりチベットの人たちがヒマラヤのうえで、まったくの静寂の中で自分の体内から聞いていた音というのと、たぶん同じだと思うんです。それは何か……。そういう特別の精神開発のためにつくられる、無音室というのがあるんですって?
無響室ですか。
津村:そういうところに入って黙っていると、自分の中から音がし始めるということを、みんな言いますよね。さっきの「ソォーン(SONG)」もそれに似ているんですけれども、チベット密教のいちばんもとになる声音が、この「オン」という音なんです。「ONG」と書くんですけれども、Oを言ってからNGを言うのではなくて一緒に言うんです。「ンー」という音をずっと出していく。本当は「オン」と「ア」と「フム」という3つの音を、同時に出していくんです。
この3つの音を30万回やらないと次のステップに行かせてくれないんですけれども(笑)。30万回というのは、1日1時間やってちょうど3年間ですけれども。このときの「オンー」は、完全な無音状態でカラダ内から響いてくる音と同じで、それはカラダの中の宇宙の音なんだと言われているんです。その音を出したときに、中の宇宙と外の宇宙が同調して、宇宙から無限のエネルギーが入ってくるというのが、チベット密教の出発点なんです。そういう共鳴を引き起こすための、いちばん大事な音なんでしょうね。
物理的なカラダの中の音は他にもいろいろあって、動悸の音がトックントックンしたりとかというのは、熱が出て寝込んだりすれば、だれでも経験がありますよね。気功をやっていると、それがすごく拡大されてくる場合があるんです。ある時期なんですけれども、感覚がすごく鋭敏になっていく時期があって、そういう時期にはなにか、自分が肺の中に入ってしまって、肺の呼吸の音が暴風雨のように聞こえる。
ええっー。
津村:と、いうときがあるんです。感覚が明らかに1個の肺胞の中へ、それこそマイクが置かれたかのように、自分が一呼吸すると「ボーッ」という音がしてくるという。あるいは、これは映像も伴うビジョンなんですけれども、血管の中に入ってしまって、黄河みたいに流れているんですよね、赤い河が(笑)。それもやはり音がしているんです。それは「トックン トックン」ではなく、「ドーン」という音がする。そういうのが聴こえたり見えたりする時期があるんですよ。実際の自分のカラダだったら、すごくおもしろいんですけれど。僕も半信半疑ですが、ただの幻覚ではなくて、実際そうなのかもしれない。そういうのを体験した人はたくさんいるんですが、真偽の確かめようはないですからね。
聴診器を買ってみて、家に帰ってから自分にあてて聴いてみる。すると「あっ生きてる!」、という感じがする(笑)。それは当たり前なんだけれども、あらためてこのカラダの中で、すごいことが起こっているなという感じがしました。
津村:ありますよね。いろいろな音がしますよね、実際お腹に耳を当てていれば。健康を考えるとき、「カラダの声に耳を傾けてみる」という言い方が、よくされますよね。カラダにはいろいろな言い分があるわけです。でも、耳を貸していないことが多い。いろいろなことで頭が占領されて、耳を傾けられない状態になっている時、それを聴診器で聴いてみるだけでも、ずいぶん聴く気になるかもしれませんよね。それは自分に対してだけではなく、たとえば聴診器を木肌に押しつけてみれば、木の中を流れる水の音がわかりますよね。そういう、目に見える形の背後にある、脈打っているいのちというか、そういうものの中へ入っていく体験が大事だと思います。そのためには、脳の緊張をほどいて頭の中を空っぽにしてみると、ふだん僕らが見失っているものを見られるというか、聴こえてくるというか、そういうこともあると思います。(おわり)

津村 喬(つむらたかし)

1948年東京生まれ。1970年早稲田大学第一文学部中退。在学中より評論活動、現在に至る。1964年に訪中して初めて気功・太極拳を習う。1987年関西気功協会設立、代表となる。1998年私塾として大津気功会を設立。各地で気功を指導。96年よりメールマガジン「ナビゲーター」編集主幹。「ボディスペース」編集発行。自分と家族の文章をだしていくための湖西文庫主宰。大津市の比叡山麓に在住。