Vol. 12 舘内 端さん

クルマの音・クルマの振動

「音」はクルマの重要な魅力のひとつ、っていうか、実は詰まるところそれなんじゃないか、という気がするんですが。
舘内:いやー、いいセンスしてますね(笑)。僕は、レーシングカー・エンジニアの仕事を経てきたけど、入口はやっぱり音だった。強い体験がふたつあります。どちらも小学生の時で、ひとつはバイクの音でした。上の兄貴が当時大学生で、オートバイの車体強度を研究していた。昭和30年代前半だから、まだまだ音の取締りがなくて、休日になるとマフラーをおっぱずしたバイクにまたがった兄貴の友だち連中が、これから浅間山へ行くんだとか、赤城山へ行くだとかいって(笑)、15人か20人ぐらい家の前に集まってくるんです。その音がものすごくて!
どんな音がするんですか?
舘内:要するに暴走族の音ですよ(笑)。「すっごいなあ!」という気持ちでした。兄貴が、家に2台ぐらいバイクを置いてたんですが、僕は小学生だからまだ乗るわけにもいかなくて、エンジンをかけて、ビュンビュン空吹かしてしてました。
(^_^:)
舘内:もうひとつは、Uコンと呼ばれていたエンジン付の飛行機。それを小学校の校庭なんかで飛ばしている街の模型屋さんがいたんです。1万回転のエンジンの音がするんですよ。すごく小さいエンジンだから、当時はマフラーも付いていなかった。2サイクル1万回転の音なんが出るんです。
どんな音ですか。
舘内:簡単にいえば、F1の音です。
「ヒーン」って感じですか。
舘内:そうですね、高回転だからひじょうに高音なんです。このUコンは円を描いて飛ぶので、遠くで聴いていても、かすかにドップラー効果がついていてね。近所で遊んでいると、そんな音が聴こえてくるんですよ。音のするほうまで探しにいって。だいたい校庭なんですけど。飛ぶのを見ながら、飽きずに音を聴いていましたね。
そのふたつが、僕の、エンジンの音との最初の出会いです。次がクルマ。レーシングカーの音をはじめて聞いたのは、20歳だと思うな。モータースポーツなんか、まだまだなかった時代ですよ。富士スピードウェイができて、スーパーカブに乗って行くんですよ。そのとき、バイクにテープレーコーダーをしばってたんだよねえ。
その時代だと……、オープンリール式の?
舘内:そうそう、とても大きなね。
バイクにしばりつける?
舘内:荷台にね。音を録りに行くんですよ。皆さんはご存知ないと思うけど、あの頃、富士スピードウェイには40度バンクというのがあったんです。ストレートでずっと行って、バンクになりながら落ちていく。そこで何人も死ぬんです。幸い僕のつくったクルマで死んだ人はいないけど、幸運なだけの話ですよ。そのバンクの上から音を録ったり、ヘアピンに戻って録ったりしてた。あのテープは、何度聴いたかわからないです。まだ、探せばあるかもしれない。
舘内さんは「生録」じゃなくて、「クルマの音」に興味があったわけですよね。
舘内:もちろん、レーシングカーそのものには魅了されているんです。だけど、まだ自分のそばにはない。だから、どうしてもなにかを手元に置きたかったんでしょうね。それがやっぱり、写真じゃなくて音だった。その頃は雑誌もチョロチョロ出ていて、写真はそこで見れるわけだけど、僕のリアリティーはやっぱり音だったんですね。
「口(くち)エンジン」っていったかなあ、レースの現場でもよく使われるんですけど、クルマの状態をドライバーが報告する時、口でエンジンの様子を発音するんですよ。「"ウ~ンウ~ンウ~ン"っていったときに、ミッションが入らない」とか。シフトダウンのヒール&トーというテクニックの音ですけど、そんな具合に表現するんです。エンジニアもピットで音を聞いてると、遠くを走っているクルマの状態が、ほとんどわかるんですよね。
へー、面白い!
舘内:たとえば、タイヤテストで2台ぐらいしかサーキットを走っていない時もある。そんな時は、自分たちのクルマの音がとてもよく聴こえるんです。鈴鹿だと、第一コーナーを曲がるあたりから、もう姿は見えなくなる。S字を上がって昔でいうダンロップブリッジをくぐって、デグナーを曲がってヘアピンに行って。その辺でちょっと音が途切れて。スプーンを曲がってこっちへ来るあたりから、もう1回聴こえてきて。130Rも聴こえて。あのころはシケインがなかったから、次の最終コーナーを飛び出してきたところで、再び姿が見えるんです。でも、その間ずっと音は聴こえている。その音を聴いていれば、ラップタイムがわかっちゃうんだよね。
ほんとうに!?
舘内:「あっミスした!」とか(笑)。みんなわかっちゃう。「エンジン吹けてない」とか「タイヤがちょっと滑ってるな」とか。「気合い入っててあぶないから降ろそう」とか、話している。
エンジニアはみんなピットで、耳を澄まして待っているんですか。
舘内:ぜんぶわかっちゃうんだ。サボってるとか(笑)。
じゃあクルマがピットに入ってくる前に、どこがどんな調子で何をすればいいって、なんとなくわかっているんですね。
舘内:レースになっちゃうと、20台ぐらい一斉に走るからわからないけどね。でも、それが1台か2台なら、手に取るようにわかります。
エンジンの状態だけじゃなくて。
舘内:車体の様子や、ドライバーの気持ちまでわかる。エンジニアリングにとっても、そのくらい音は重要なんです。優秀なエンジン・エンジニア。頭がいいっていう意味じゃなくて、センスや才能の問題ですけれど、非カーメーカー系で、カーメーカーの人たちよりもうまくパワーの出せるチューニングができる人たちの耳は、スーゴイいいよ。
メカニックとかエンジニアの方って、もともと音で物事を判断する傾向がありますよね。なんでも、叩いて様子を見るし(笑)。
舘内:中村良夫さんという、世界的に著名な元ホンダのF1の監督がいます。彼と、フォードから独立したコスワースという会社の、キース・ダックワースという男が、「エンジンの燃焼状態はどうやって判定するんだ」っていう話をピット裏でやったらしい。中村さんが、『F1グランプリ』という本に書いているんだけど、「ミスターナカムラ、おまえはどうやってエンジンの状態を判定するんだ」「音だ」「やっぱりおまえもそうか」って(笑)。それでね、そこから音論議になるんですよ。F1ももちろん同じだし、F2も同じ。音で、走っている状態が全部わかるんだ。
レーサーも、自分のドライビングを音で聴いているんですね。
舘内:いや、レーサーはまた別。レーサーに聴こえるエンジンの音は、うるさくてしょうがない。頭のすぐ後ろでギャーギャーやっていて、排気音は後ろへ飛んでいっちゃう。それで全体のメカニカルノイズがすごいんです。
クルマの魅力って、煎じ詰めて言うとなんでしょう?
舘内:ほとんどエンジンですよ。そのエンジンはなんなのって言ったら、「力と音」ですよ。でも音がでかくて力が強けりゃいいか、っていうとそんなもんじゃない。力の出方とか、音の質だとか、ひじょうに微妙なものです。レーシングカーの音から、クルマやレースカーが好きになったっていう人は多いんだけど、そうやって近づいてきた人は、生命体としてすごい深いところでクルマを感じているんです。頭じゃなくカラダ全身で。エンジンのかかっているレーシングカーに5、6メートルまで近づくと、触らなくても振動が感じられるんだよ。音の振動を、カラダで感じる。音っていっても、おそらく耳だけじゃなくて全身でとらえている。そこでレーシングカーにハマッちゃったら、もうたぶん一生抜けられないね(笑)。
僕はクルマが特別好きではないけど、エンジンや振動にこそその魅力があるんだって話は、なぜか容易に想像できます。ところで、舘内さんはここ数年、EV(電気自動車)にたずさわってますよね。
舘内:日本EVクラブを主宰したり、EV手作り教室をひらいて教えたりしている。EVはモーターだから、誰でも自分でつくれちゃうんだ。
その「EV」と「クルマ」の最大の違いは、エンジンが無くなってしまうことですよね。
舘内:そう、そう。エンジンがなくなって、それがモーターにかわる。
すると、EVの音は? なにもしない? クルマとしての魅力は?
舘内:EVも音はするんですよ。おもにモーター音とコントローラーの音かな。発進時にはスイッチの音がしますね。300ボルト500アンペアぐらいの大きめの電気を流す、小型の変電設備が付いているから、カチャーンという音がする。スイッチが入ると、バチッカチャーン。その後はモーターの音とギアのノイズと、一部コントローラーの音。でも、いずれも微少。あとは、エンジンのクルマも同じだれど、風切り音とタイヤの音ですね。
そうそう、EVつくるようになってから、電車に乗っている時もモーターの音が気になる(笑)。井の頭線と小田急線では、井の頭のほうがよく出来ているね。小田急線は聴いているとわかるけど、「フーン、フォーン、ファーーン」って三段階ギアが入って加速していくんだ。井の頭はそこがもっとスムーズ。でも、何と言っても恐ろしいのは新幹線だね。特に発車と停車の時が凄い。発車する時なんて、乗っていてもまったく気付かないくらい、自然に、無音で加速していくでしょ。ありゃ、すごいわ。
タイヤと路面の摩擦が出している音も、少しずつ減っているようだし、その上にEV化が進むと、世の中ますます静かになりますね。
舘内:そうですね。ここ(世田谷の住宅地にある舘内さんのオフィス)で外を走っているクルマの音を聴いているとわかると思いますけど、(表の通りから「ヴオーン」という音がする)、要するに街中のクルマの騒音は、クルマの発進と加速の音なんです。つまり、ほとんどがエンジン音だと思っていいんですね。それがなくなったら本当に静かになる。
静かになることで、逆に?
舘内:うるさいものがわかるようになる。そうすると、音に対する僕らの感受性が、たぶんもっと鋭くなりますよ。
なるほど、そうかも。
舘内:鳥の声や風の音も、もっとわかるようになると思う。僕らはエンジンノイズによって、騒音に対する感覚が麻痺しているんです。街中や都心はうるさいものだと思っているからね。だけど、クルマの音がなくなっちゃう。これは、とんでもない世界の出現です。
とんでもないですよね。燃料問題的にもこの先の方向はEVだと思うんですが、そうすると最初に話してきたエンジン・音・振動で響いているクルマの魅力は、いったいどこに行くんだろう。また、EVならではの新しい魅力は、なんになるんでしょうね。
舘内:全部わかっているわけじゃない。僕だって、はじめたばかりだから。ただ、小学校のときからエンジンの音に目覚めて、自分でもレーシングカーをつくって。ついこの間まで、音の出るレースでエンジニアをやってきて、そうやってつくられてきた僕のカラダを検証台としてEVを見ていくと、なにか違う形で新しい魅力をつくり出すことの必要性。僕らがそれを発見するための、感覚と努力。その両方が求められているんだということは、ようやくわかるようになりました。
EVの音デザインでは、ひじょうに繊細な感覚が要求されます。粗野じゃだめですよ。楽しい音、気分が盛り上がるような音、という調整をしていくと、結構おもしろいぜっていうのが、僕らにもわかってきた段階。僕らっていうのは、自分でEVをつくっている日本の精鋭的な何人かの人間です。EVクラブの活動を通じて、そういうことがわかり始めた。
既存の自動車メーカーは、その辺わかっているんでしょうか?
舘内:EVにシフトしなけりゃいけない、ってことはわかっているんですよ。でも、エンジンこそ彼らのアイデンティティだし、技術力の結晶なんだ。いわゆる自動車メーカーは、エンジン以外の大半は外注で、下請けの中小企業をピラミッドの基盤にした構造を持っている。自分たちの所有技術は、極端な話エンジンだけなんです。それが、モーターにかわっちゃうってことは……。
マブチモーターの時代ってことですか。
舘内: あそこは、いいモーターをつくってますよね。僕は最初、まず手始めに「電友1号」というフォーミュラのEVをつくっちゃったんです。で、鈴鹿と筑波サーキットを走ってみたんだけど、異次元の体験だったねえ。フォーミュラカーだから、回りで見ている人たちは、でかい音がすると感覚的に先入観を抱いている。ところが、本当になんの音も出さずにスタートして、一気に加速しちゃうわけですよ。音のない夢を見ているような状態だ。妙に怖い。僕自身にとっても、それまでの自分をつくっていたものが、ぜんぶガラガラと崩れていくような感じだった。
そうですよねえ。エンジンの振動が好きでその世界に入った人が、よくぞEVに、って感じですねえ。
舘内: クルマ好きを電友1号に乗せるときは、注意しないといけないんだ。今まで経験したことのないことを味わうんですね。降りてきたときには、足がガクガク震えています。実際いたんですよ。翌日から3日間高熱を出しちゃった人とか。「舘内さん僕はだれでしょう?」なんて、つぶやき始めたりする(笑)。「おまえ大丈夫か!」みたいな。大変な自己崩壊もあり得るんだよね。そこでわかるのが、クルマというのは音と振動で構成されていたんだ、ということなんです。
実際僕も、EVの電友1号でサーキットを走ってみて「こりゃーとんでもねぇや」と思った。エンジンのフォーミュラカーでは、絶対に聞こえない音が聴こえるんです。人の話し声とか(笑)。ピットのどなっている声とか。サスペンションがカタカタいう音だとか、タイヤのスキール音だとか。その前にプレスキール音が聴こえて、タイヤが滑り出す前に「ちょっとおれ滑るよ」って、あいさつしてくれたりする。
おもしろい!
舘内: 栃木の山奥のカートサーキットで電気カートを走らせたときは、そばに流れている小川のせせらぎや、チーチーいってる鳥の声も聴こえてきた。時速100キロ出していてですよ。バイザーを開ければ、草いきれも匂うんです。季節にもよるだろうけど、土の匂いまでしてきた。これは、エンジン車には絶対にない世界ですよ。排気の匂いと、オイルの匂いで鼻がダメになっているからね。ましてや、鳥の声なんて聴こえてくるわけがない。鳥の声を聞き、土の匂いを嗅ぎながらクルマを運転する。これはとんでもない世界です。
今まで聴こえていなかった、クルマの各部の音が聴こえるわけだから、タイヤはどうなっているかだとか、車体はどうなっているといったことにも、自ずと注意が行きます。みんな、もっと上手にクルマを運転できるはずだ。邪魔されていたものがなくなることで、感覚が拡大し、鋭敏になってもておかしくないですよ。
クルマが、そんなものに変わっていく可能性が、これから形になっていくんですねえ……。

舘内 端(たてうちたかし)

1947年、群馬生まれ。自動クルマ評論家。日本大学理工学部を卒業後。東大宇宙航空研究所勤務の後、ベルコ・レーシング入社。77年より、フリーランス・エンジニアとなる。94年10月、ボランティア組織である日本EVクラブ設立。主な著書に、『クルマ考現学』(双葉社)、『クルマ運転秘術-ドライビングと身体・感覚・宇宙-』(勁草書房)、『超絶 スキー&ドライブ論』(スキージャーナル社)、『800馬力のエコロジー』(ソニーマガジンズ)などがある。