飯野:あれは効果音のパートだけで、27日間も編集したんです。ものすごい量の効果音を、ただどこに置くかというだけの作業。約4時間分のゲームなんだけど、ひとつひとつの音をどこに置くかというのに、27日間かかった。そういうところは結構まじめに、手を抜かないでやっているかな、という気はするんです。仕事の質を一段階落とすだけで、すごく楽になるんですけど。でも、そこはちょっと手を抜けないなというのがあってね。
飯野:そうですね。いま僕らがつくっている『D2』もそうですよ。セリフを先録りするんです。音を先録りして、それに合わせてCGをつくるっていう作業をくり返しています。
飯野:でも、あのハリウッドの音って、なかなか出来ないよ。『エネミー・ゼロ』をつくったとき、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の効果音をやった人と一緒に仕事したんです。そのとき、日本の効果音の付け方と、外国のそれの違いみたいなことを沢山勉強して。たとえば、ピストルを撃つシーンがあったとき、日本の映画には弾を弾く音があっても、薬莢が床に落ちる音は入らないんです、絶対に。日本の映画って、画面に見えていないものには、音を付けないんですよ。もちろん絶対ではないけど、大部分がそうなんですね。
飯野:とにかく、「音」には衝撃を受けますよ。「ガシャーン!」って鳴れば、誰もが振り返るじゃない。でも、「広末涼子のヌード」とか書いてある看板出してもねえ(笑)、そういう衝撃はないものね。僕はこれまで生きてきて、いったい何度音でびっくりしたかな。ビートルズの『ヘルプ』を小学校の3年生ぐらいで聞いて、えらくたまげて、その耳で聴いた衝撃が、ほとんど人生のはじめのベクトルをつくっているんだと思うし。オーケストラに入って演奏していると、ただレコードで聴いてるのとは全然違う音が聴こえてくることにブルッたり。そういう、音を介したブルブル体験が何度かあってね。飯野賢治(いいのけんじ)
1970年5月5日、東京都荒川区生まれ。
ゲーム制作会社の社員を経て、89年、自らソフトウェア制作会社を設立。
数多くのアーケード用・家庭用ソフトを手がける。
94年、32bit機以降のハードを対象にした、販売元も兼ねるソフトウェア開発会社、株式会社ワープを設立。
現在、代表取締役。
代表作に『Dの食卓』、96年12月に発売された『エネミー・ゼロ』、97年7月に発売された、
画像を使わない音だけのソフト『リアルサウンド~風のリグレット~』がある。同ソフトで、「マルチメディアグランプリ'97」のパッケージ部門ゲーム賞、
つづく98年には「ジャパン・ゲーム・オブ・ザ・イヤー'98」のサウンド部門サウンド賞を受賞。
現在は、99年にドリームキャストで発売予定のアクションRPG『Dの食卓2』など、ソフトウェアの制作のほか、ラジオのレギュラー出演などで活躍中。
また、97年に文化学会大賞を受賞、98年には『ビジネス・ウィーク』誌が選ぶアジアの50人「THE STARS OF ASIA」に選ばれた。