中野:声って、ものすごくカンタンに変わってしまうんだよね。僕は昔、音楽のプロデュースをやってて、レコーディング中によく実感してた。
中野:最初はCDでした。聞いたとたんものすごくビックリして。なんでかわからないけど「自分でやりたい!」って思ったんだ。あまりにもヘンだったから(笑)。軽い気持ちでちょっと真似てみたら、とてもホーミーとはいえないけど、それっぽい音が聴こえてきて。えーっ! と思ってさらに鳴いてみて、そのままズルズルと……。単純な話、すごく気持ちよかったんです。
中野:機能からいえば、話しのやりとりに、声なんてどうでもいいわけじゃないですか。たしかに落ちついた声だねとか、きれいな声ですねとか、そういうのはあるけれども、そんなのは何かいい天気ですねみたいな、ただのフリみたいなもので、どうでもいいわけです。要するに、問題なのは話の内容。それは何かというと、問題なのは言葉であって、声というのは言葉を乗せるための道具でしかないわけ。その声という乗り物に言葉が乗って、向こうに言葉が伝わればそれでいいわけで、言葉が到達すれば、そのとき声の役目は終わっている。単に運び屋であって、だから高い声で伝えようが低い声で伝えようが、同じ内容が伝わればそれでいいわけです。
中野:たとえば、『エヴァンゲリオン』見ましたか? 主役の碇シンジだっけ。彼の役の声優というか、彼の声、シンジの声がその鼻かけ声なんです。たとえば「こんにちは」だったら、「こんにちは」の「こ」が「クン」になって、「クンニチハ」になるみたいな……、なんでもかんでもというわけじゃないんですけれども、かなりの音が母音がウに引っ張られていく。それ「u傾化」って一応ネーミングしたんですけれども。子音にアイウエオの母音が乗っかって、その五十音ができているじゃないですか。そのア、イ、エ、オの4つの音がウに引っ張られって、みんなウの風味がある母音になっている。そうすると、何か声がくぐもったような、鼻にかかったような感じになって、その鼻かけ声というのは今若い女の子にものすごく多いんですよ。かわいい系のアイドルなんかほとんどそうだし。今までそんなの全然なかったのに、それはものすごいことで、そんな鼻にかけたようなくぐもったような感じの声というのは、それこそ女がそういう深い関係にある男に甘えるときとか、何か特別なシチュエーションで使ってた。
中野:音を楽しみたいから行くっていう気持ちは、常にありますよ。カメラじゃなくて、テープレコーダーをリュックに入れていくわけ。それが、はじめてレコーダーを持って山へ入ったとき、「ここはどこ?」って感じで、すごく新鮮だったんですよ。僕は山が好きで、旅行の大半は日帰りで行く山歩きなんですね。いつも行ってる山なのに、まるで異世界だった。聴こえてきたのは、セミや鳥の声であったり、沢や風の音だったりね。たいして珍しい音じゃないんだけど、それに全神経の80%くらいを注いで山を歩いていると、すごくゆっくり時間が流れているのに、ものすごいスピード感があるんです。情報量の凄さが不快ではなくて、多いのに静かな感じで。カメラがレコーダーになっただけで、こんなに旅の仕方が違ってくるのか、と。中野 純(なかのじゅん)
1961年ウシ年生まれ。ヒト。一橋大学社会学部卒。
1985年、さまざまなメディアを用いた出版活動を展開するレーベル「さるすべり」を設立。現在、有限会社さるすべり代表。
一人二重唱ホーミーで何とでもコミュニケーションする「マルチホミニケーター」、あるいは各種メディアに執筆活動をする「構想作家」。
少女まんが館世話人でもある。著書に『日本人の鳴き声』(NTT出版)などがある。