Vol. 09 ロルフ・ユリウスさん

石の真中から音が聴こえてきた....

サウンドアーティストのロルフ・ユリウス氏(ドイツ)が、東京・表参道のギャラリー360゜で個展を開催した。
....と、なにげなく書いてみたけど、そもそも「サウンドアーティスト」ってなに?
「音をつかった彫刻や絵画のようなもの」をつくる人?
以下は、昨年秋におこなったインタビューです。

こんにちは。今日はいろんな作品を見せて、いや聴かせて? もらって楽しいです。とても繊細な自然音のようなものを、すごく微かなボリュームで流している作品が多いですね。
ユリウス:いや、実はあの音は自然音ではなくて、つくったものなんです。ブザー音などを元に、耳では聴こえないくらいピッチを高く上げてみたり、いろんなプロセスを重ねると、あんな音ができるんですよ。
サウンドアートをつくるようになったきっかけを、教えてください。
ユリウス:70年代前半には普通のアート、つまりドローイングや写真のようなヴィジュアルアートや、オブジェのような作っていました。でもなぜか不満だった。なにかが足りないように思えてね。「もしかするとそれは音かも」と思って、サウンドをつくってみたんです。
最初はすごくシンプルだった。鉄をたたいて、「カン」っていう音を録音。他にもいろいろ録れば良かったかもしれないけど、なぜかそうしたくなくてね。テープレコーダーでその音のコピーを作ったら、当時は機材の性能が悪くて「コン」っていう少し低い音になった。でもこれでふたつの音が手に入って、「カン」と「コン」でメロディーができたわけ(笑)。僕のサウンドアートは、そんなところから始まったんです。
足りないものが、「音」だと気付いたのは?
ユリウス:うん。僕は、ジョン・ケージのテレビインタビューを見たときに、「聴く」ということを再発見したんだと思う。彼は僕に、そして20世紀のみんなに、「聴く」ということを教えてくれたよね。
ジョン・ケージ....。
ユリウス:うん、現代音楽の作曲家です。そして、ただの音やサウンドを「音楽」として捉え直した人です。そうした考え方は、ジョン・ケージが最初ってわけではないと思うけど。でも彼は、音やサウンドをとにかく楽しんで、さっきの「カン」とか「トン」とか。そういった「ただの音」を、「音楽」にしてしまった。僕はそれが大好きなんです。わかるかな?
「すべての音を"音楽"として聴いてみると面白い!」、ということですか?
ユリウス:うん。でも、ぼくの説明は短すぎたかも。より正確に言うとジョン・ケージは、「作曲家として"音(サウンド)"を楽しんだ人」かな。"音(サウンド)"の定義が難しいけどね。ドイツ語では、英語の「SOUND」の他にも音を示す言葉がいくつもあるので。
漢字の「音楽」は「音を楽しむ」と書きますよ。
ユリウス:なるほど!  ちょっと興奮してきた。ジョン・ケージは現代音楽の作曲家だったんだけど、特別に目新しい新しかったわけじゃなくて、ただ自然なことを目指したに過ぎない。日本ではそれと同じコトに、言葉を作った大昔の人が気付いていたんだね。
日本の音はどうですか?  たとえば、僕はヨーロッパへ行くと、空気が乾燥していたり町が石造りだったりすることを、ホテルの窓から入ってくる音で感じているような気がするんです。
ユリウス:東京については、あまり大きな違いを感じないけど、以前アリゾナの砂漠を経験したことがあってね。あそこは湿度が18%で、音がとても遠くまできれいに聴こえる世界なんだ。
そうやって、いつも何かを聴いて楽しんでいるユリウスさんのような人でも、CDを買って、普通の音楽を聴いたりするんですか?
ユリウス:長いこと、オーケストラは聴く気になれなかった。ポップスは、また別枠だと思うけど(笑)....でもそうだね、ああした音楽もしばらく聴く気になれなかった。最近になってようやく、もう一度音楽を聴き始めているんだ。でも、耳にするところはだいぶ変わってきた。今はメロディーよりも、ピアノやいろんな楽器の音のクオリティのほうを聴いている。ヴァイオリンの音がとくに好きだ。曲よりも、ヴァイオリンの音を聴いているふしがあるね。
CDも手がけているようですが、音そのものが作品なのですか。
ユリウス:うーん、たとえばね、昨日はこのギャラリーでパフォーマンスをした。テーブルの上ですごく小さな音を出したんだけど、表の道路(表参道)の車通りの音が邪魔をします。でもね、その小さな音に耳を集中すれば、外の音もやさしく感じられるようになる。だから、ひとつの音だけでなく、その音をめぐるコンビネーションをつくっているというか....。
説明が難しいね。じゃ、ちょっと昔の話をしてもいいかな? サウンドをつくり始めたころ、僕の夢は「石」の作品を作ることだった。こんな(1~2mくらいの)大きな石を見つけてね、その石の中心から音を出したかったんだ。でも僕は3階に住んでいたので、その石は部屋まで上げるには重たすぎた。また、中心から音を出すには、スピーカーを入れる穴を彫らないといけない。でも、たかが僕ひとりのコンサートのために、石にそんな痛みを与えたくない。そんなことはできなかった。だから、一度はあきらめたんだ。
でも、作品のための音はもう出来ていたし、アトリエには小さなスピーカーも用意してあってね。このときたまたま部屋の片隅に、昔ベルリンの道を舗装していた丸石があったんだ。そこで、小さなスピーカーをその石の上に乗せて、音を流してみた。そうしたら、スピーカーは上にあるのに、石の真中から音が聴こえてきたんだ。すごく不思議だったけど、石も苦しまないしエネルギーの無駄もない。とてもありがたいことだった。これは僕にとって、いちばん最初の深い経験だったかもしれない。
なるほど、「サウンドアート」といっても、音だけではない。
ユリウス:いまやサウンドアートには、いろんなものがあるよ。アーティストもたくさんいるしね。2年前にベルリンで、サウンドアートの展覧会が開かれたんだけど、世界中から70名もの「サウンドアーティスト」が参加したよ。
でも、僕は「サウンドアート」が嫌いだ(笑)!  いや、僕はその「サウンドアーティスト」なんだけど(笑)。本来はただ聴くだけで、十分なんだからね。どういう音が好きかって聞かれたら、僕はまず波の音が好きだ。海のそばで育ったので、僕にとってはすごく自然な音です。そしていつも夏に日本に来る時は、虫の音が楽しみ。あれは、世界でいちばんのコーラスだね! モノの表面で鳴っている、小さな音も好きだ。いや、もうすべての音が好きなんだと思う。あんなにでっかい飛行機のエンジン音にも、すごくきれいな時があるんだよ。
「サウンドアート」が嫌いだっていうのは、真面目な冗談です。「音(サウンド)」に集中し過ぎるところが、僕は少し好きになれないんだ。確かに昔のアーティストは、耳を無視して視覚に偏っていた。でも、今度は聴覚に偏るの?  僕は両方とも大切だと思う。だから、僕は目でも触れることが出来るようなサウンド・アートが好きだし、そういう作品をつくっているんです。
ユリウスさんは、聴くというより、感じることぜんぶが好きなんですね。「音を楽しむ=音楽」でいえば「感楽」とでも言うか。
ユリウス:ありがとう!  その漢字、あとでプレゼントしてね。
次の作品は?
ユリウス:うん、さっき打合わせたばかりのアイデアだけど、宣伝してしまおう! 次はたぶん、環境的な作品をつくると思う。京都の近くに、音響がとても美しくてきれいな小さい谷を見つけたんだ。あそこで2000年に、何かをやろうって思っています。

Rolf Julius(ロルフ・ユリウス)

1939年、ベルリン近郊で生まれる。ブレーメンでアートを学んだ後、36才頃から音楽とビジュアルアートの領域で仕事を開始。屋外での音楽パフォーマンスを経て、43才頃からテープなどを使った、さまざまなサウンド・インスタレーションを制作する。世界各地で作品をつくっており、「3週間ごとに、どこかで個展を開いている感覚」とのこと。