Vol. 07 坂本昇久さん

オーロラの音

坂本:はじめまして、坂本です。カナダで、オーロラを撮っています。
オーロラと坂本さんの出会いは?
坂本:最初はワーキングホリデーで行ったんですよ。本格的に仕事を探してもみたんですが、ワーキングホリデーのビザがあるのとないのでは、雲泥の差なんですよね。2カ月くらい探してみたけどダメで、その足で感傷旅行へ。目指した場所は、カナダの北のほうのユーコン州。ユーコンって「大きな川」って意味なんですけど、そのままアラスカ大陸の終点まで行こうと。
あのとき、むこうは白夜の季節で、毎日がすごく長いんです。日が沈むのは10時くらいだし、夜も本が読めるくらい明るい。遊ぶ時間、行動する時間はたっぷりと長いんだけど、自分が感じる一日はすごく短くて、充実していてね。眠らない体が欲しかったぐらい。そんな折り、夏の終わり頃のある晩、キャンプをしていてオーロラを見たんですよ。
たまたま知り合った日本人と、酒を飲みながら旅の話をしていたんです。ふと空に目をやると、雲が動いてるんですね。「おかしな雲だねー」なんて話をしていたら、それがものすごい勢いで変化しはじめて、「あー、オーロラだ!」って。でも、それだけだったら写真は撮りはじめていなかったと思うんです。2週間後にフェアバンクスで、ある奇妙な成り行きから、ひとりの写真家のオーロラのスライドショーを見たんですね。
奇妙というと?
坂本:その日ビジターセンターに行ったら、1枚のオーロラのポスターが貼ってあって。どうしてもそれを手に入れたい、と思ったんです。センターのおばちゃんに訊ねたら、「ポスターなんかよりあんた、彼のスライドショーを絶対に見なさい!」ってまくし立てられてね。気づいたときには、チケットを握っていたんですよ(笑)。
会場へ行ってみると、いかにもアラスカって感じのひなびた堀立小屋。でも中に入ると、お客さんは満席だったんです。しばらくすると、スライドを撮影した髭モジャのおっさんが出てきて、いろいろと話をはじめる。で、「実際のオーロラは、これから見るスライドのようなもんじゃないんだよ!」とか言うんです。でも実際にショーが始まると、最後まで鳥肌が立ちっぱなしだったんです。スクリーンの上に、ほんとうにオーロラが見えているような、魅力的な世界で。写真の力で、本物以上に人を感動させることができるんだ! ってことに鳥肌が立ったんです。そのときに、使うフィルムや撮り方をちょっと教えてもらって。早速撮影です。初めて撮れたときは嬉しくてね。友だちみんなに「どうだ、すごいだろ」って配り歩いて。恐ろしいですね、素人は(笑)。
カナダには、どんなペースで行かれてますか?
坂本:一年のうち、白夜の時期をはずして最低3カ月、余裕があれば半年ほど。それがこの8年間ずっと続いています。僕はカナダのイエローナイフっていう土地を中心に撮っているんですけど、あそこにオーロラ観察ツアーで来る人の99%は日本人。地元の人達は不思議がっています。
撮影中は、一晩中起きているんですか?
坂本:基本的には。オーロラが活発なときは、1週間連続で、寝る間もないくらい。朝日が昇っても撮りますから。ご飯を食べる暇もない。一日2食で、あとはクッキーで済ませたりしてね。
ひとりですか?
坂本:人里の灯りを離れて、ひとりで動きます。車で行けるところまでは車で行って、そこから延々と歩いたり。町の人にも、その日、僕がどこにいるかはわからない。撮影中、人に出会ったことはほとんどありません。
ときには5日間も、同じ場所で待ちかまえることもある、と聞いています。そのあいだ、どんなふうに過ごして待っているんですか?
坂本:テント生活です。夜起きて、昼に寝るペースで。起きて動いている間は、寒くてもけっこう我慢できるんです。寝るときに寒いと、けっこう堪えるんですよね。焚き火をしながら、一晩中起きて待っているんです。
オーロラって、音が聴こえるんでしょうか?
坂本:写真とか映像を見ると、交響曲が聴こえてきそうですよね。でも、科学者いわく「聴こえない」。オーロラは電離層(約100km以上の上空)で起きているので、オーロラと地上の間に音波を伝えるに足る大気がない。いや、詳しいことはわかりませんが。
ですけど、実際にはすごく多いんです。「オーロラの音を聞いた!」っていう人が。10人中、4人くらいはいますよ。
ほんとに?  幻聴でなく?
坂本:「ズーズーズー」とか「ビリビリビリ」とか。人によって表現がぜんぜん違うんですけど。みんな真顔で話しますからね。でも、僕はないんです。先入観が邪魔をしているわけではないと思うんだけど、今まで聴いたことはないですね。(*ニシ:「オーロラの音を聴いた」という報告は無数に存在するが、まだ録音に成功し、実証されたことはないという。しかし、ところによっては「オーロラが出る前には犬が鳴く」といういい伝えもあるので、ひょっとすると人間の耳には聴こえないなんらかの音が、空に満ちているのかもしれない)
むしろ僕は、オーロラを待っている間に聴こえてくる周囲の音に、すごく関心がある。たとえば、凍った川の上にテント張ったりするんですが。
川って凍ると、テントも張れるんですか?
坂本:ええ、30センチくらいあれば。そして氷に覆われていても、中ではちゃんと水が流れているんです。テントの中で床に耳をつけると、氷の下を流れていく水の音が聴こえてきたり。1、2月頃の厳寒期は、本当に周囲が無音の世界なのでなおさらですね。眠れない夜とか、寝袋を伝って自分の鼓動が聴こえてくるほどです。
そう、氷の軋む音もすごいんだ。3月後半くらいから春めいてくると、昼間に気温が上がって、夜にまた凍る。そのとき、氷の軋む音がいたるところから聴こえてくるんです。一度感動的だったのは、四国の1.5倍くらいある湖の上で撮影をしていたとき、足の真下で氷がひび割れて。諏訪湖のお御渡りと同じですね。ドーン! っていう雷のような大音響で、本当にびっくりした。
どんな音が好きですか?
坂本:やはり、オオカミと氷河の音かな。オオカミの声って、すごくもの悲しいんだけど。ある晩、すごく近いところでオオカミの遠吠えが聴こえはじめたんです。一晩中ずっと鳴き続けてね。氷河をはさんで3キロくらい先の向こう岸から、別の群れがこたえるように鳴き始めていたなあ。
わあ。
坂本:まるで、会話しているようにね。それを子守歌に、眠りにつくんですけど。夏には、氷河の動く音、ゆっくり流れていく音が聞こえるんです。あまり人には教えたくない秘密の場所があるんですけど、そこに行くと元気になれる。実際に氷河は生きている、というか地球は生きているというか。証拠みたいなものを感じるんですよね。
オーロラを待っている屋外の時間は、感覚が鋭くなっているような気がします。特に、テントの中にいると、情報が音しかないわけですよね。むこうでキャンプしているときは、たえず熊のことが頭にあるわけです。ちょっとした物音でも、身の危険を感じざるをえない。それが、たとえ小さな生き物がたてた音でも、心臓はバクバクいってくるし。
音を聴きに、どこかへ」って考えた場合、コスタリカへ行ってみよう、バリ島に行ってみよう、イタリアとかニューヨークの街角に行ってみようとか。いろんな音のある場所を、まずイメージすると思うんですけど、坂本さんの話を聞いていて思ったのは、音のない世界へ行ったほうが聴こえてくるものがあるっていう……。
坂本:波の音にしても、いつも耳にしていると馴れちゃうじゃないですか。でも、まったくの無音のなかで聴こえてくるちょっとした音は、人間をすごく敏感にしますよね。でも春が近づいてきて、フクロウの鳴き声や渡り鳥が渡ってくる音、そういうのが再び耳に飛び込んでくると、妙に懐かしくてね。前の年に南へ向かっていった同じ鳥たちを見てるから、あ、季節が巡ってきたなと、帰ってきたなと。
オーロラの写真を撮りに行ってるのは、ちょっと口実のような部分もあって(笑)。実は、屋外で音を聴いている時間が楽しくてまた行くんだ、っていう気分はありますよね。

坂本昇久(さかもとのりひさ)

1964年東京生まれ。25才のとき、ワーキングホリデーでカナダへ。その後、旅先の街でオーロラ・スライドショーに出会い、強く感動。以来カナダ・イエローナイフでの滞在を重ねつつ、オーロラの写真を撮りつづけている。著作に『オーロラ・光ふる夜』(文:湯川れい子/PHP研究所)、『天の衣・夜の破片』(大和書房)など。