Vol. 03 飯野賢治さん

ゲームと音、人と音のこと

ゲームの中の「音」の話を、聞かせてください。
いきなりですが、ゲームデザインの中に画(visual)と音(sound)のふたつがあるとしたら、どっちが重要ですか?
飯野:単純に答えるのは難しいけど、一般的には、当然ビジュアルのほうに力をかけていますよね。予算配分でいったら、たぶんオーディオには、ビジュアルの10分の1もお金を使っていないと思います。もっとかな? それどころじゃないかもしれない(笑)。たぶん、いまWARP(飯野さん率いるゲーム制作会社)は、ゲーム業界ではかなり音にお金をかけていると思う。僕はそれで当たり前だと思うんだけど、普通はなかなかそうしませんよね。
それは、なにゆえ?
飯野:たとえばアーケードのゲームだと、まわりがうるさくて、音があまり聞こえなかったりするでしょ。それでも最近は、結構スピーカーが良かったりとかするようになってきたけど、やっぱりビジュアルに比べたら効果が弱いからね。また家庭用ゲームの場合は、みんな雑誌を見てゲームを買うから、やはりビジュアルがいいか悪いかのほうがどうしても優先します。サウンドのレベルが高いか低いかというのは、売上に関係してこない。そういうのが、大きな要因かなと思います。
ただ僕はそれがわかっていても、気にせず……、気にしてかな? 音にお金をかけたり、力を入れてやっている。当然音だけじゃなくて、企画もシナリオも画もみんな頑張ってる。そういう中で、音も同じく頑張っているだけの話なんで、別に必要以上なにかしているわけじゃないんだけど。
どんなふうに具体的に、力を入れてるんですか?
飯野:とりあえず、考えられることは全部やるんです。たとえば、音を録るときに、どこのどんなスタジオでどう録って、どこでどうマスタリングしてとか。普通たぶんそういうことは、会社の中にサウンドブースみたいなものをつくって、サウンドデザイナーがガチャガチャガチャやってつくっているんじゃないかと思うんだけど。
「音効さん」みたいな感じで?
飯野:そうですね。あるいは、ありもののサウンドライブラリーを買ってきたり。結構安いからね。でも、僕はそういう“貸しポジで雑誌をつくる”みたいなことが出来ない。僕のゲームのオーケストラの録音は、いつもイギリス・ロンドンのアビーロードへ行って録っているんです。ビートルズの音が好きだから、というのもあるんだけど、音の空間がすごく良くてね。また、『D2』の音楽は僕が書いているんですけど、これも別に手を抜いてるわけじゃなくて、プロデューサー役の僕が、作曲家としての飯野賢治にオーダーしているんです。
『リアルサウンド~風のリグレット~』という、音だけのゲーム(!)をつくりましたよね?
飯野:あれは効果音のパートだけで、27日間も編集したんです。ものすごい量の効果音を、ただどこに置くかというだけの作業。約4時間分のゲームなんだけど、ひとつひとつの音をどこに置くかというのに、27日間かかった。そういうところは結構まじめに、手を抜かないでやっているかな、という気はするんです。仕事の質を一段階落とすだけで、すごく楽になるんですけど。でも、そこはちょっと手を抜けないなというのがあってね。
何かあったんですか?
飯野:あれは、視覚障害者の方々に向けたゲームでもあるので、視覚障害を持たれたある女性に、製作段階でプレーしてみてもらったんです。すると、ゲームがはじまって10分ぐらいかな、主人公が地下鉄に乗るシーンがあった。そのシーンになった瞬間に、「これは表参道の駅ですね」って彼女が言ったんです。僕はすごくびっくりして! 驚いたんですよ。あんまり人前で泣くことはないんだけど、そのときは5分ぐらい涙がとまらなくてね。感動したとかじゃなくて、とにかくびっくりしちゃったの。それ以来、これは手を抜けないなと思うようになってね。夜行列車のシーンがあっても、ありものの効果音じゃなくて、ちゃんと音を録りに行こうとか。嘘つけないんだもの。
音で、空間をつくっていく感じですね。
飯野:そうです。あのゲームの主人公は柏原崇君で、他に菅野美穂ちゃんや篠原涼子さんに出てもらったんだけど、市ヶ谷にあるサウンドバレーという、でっかいスタジオを丸ごと全部借り切って、レコーディングした。そこには、スタジオが、大きいのから小さいのまで、全部で7つぐらいあるのかな。それで、体育館はここで録るとか、教室の中はここで録るとか、タクシーの中のシーンはこことか、全部部屋の広さを変えながら録音したんです。普通は、音が反響しないフラットなブースの中で録音して、後からリバーブ(残響効果)を足したりするもんなんだけどね。僕は、そういうふうにつくれないんで、全部環境を変えて録った。そのぐらいの、異常なまじめさでつくっているんです。それと同じように、CGもやるし、プログラムもまじめにやるし(笑)。
以前、コピーライターの糸井重里さんが、「テレビって、実は画よりも音なんです」ということを語っていました。
飯野:もちろん。テレビって、しっかりと見てる人ほとんどいないでしょ。テレビがついていても、画面見ないで彼女の顔を見てたり、雑誌読んでたり、料理つくったりとかしているわけじゃないですか。やっぱりテレビって、今や音なんですよ。みんな音でキャッチしている。ドラマにしたって、やっぱり音で常に見えていなきゃだめなんですよね。
でもゲームはコントローラ握っているから、必ず画面と向かいあってますよね。
テレビとは、音のあり方も違うんじゃないですか。
飯野:そりゃそうなんだけど、どちらの場合でも、深みを出すのはやはり音なんです。それは変わらない。たとえば映画のシーンで、崖に立って笑ってる男がいると。その映像だけを流していると、ただ楽しくて笑ってる姿でも、そこで切ない曲を一緒に流すと、悲しくて、つらくて笑っている男だとか。この男には何かがあって、いまから自殺しようとしている。最後の瞬間に、人生のばかばかしさを笑ってるんじゃないかとか。そういうことまで想像できるわけです。それが、僕は音の持つおもしろさだと思うんだ。画だけだと単一メディアなんだけれども、そこに音が入ることで、意味が飛躍的に変わってくる。それがすごく好きなんです。
「音」って何だろう? 人の記憶やそこに伴う感情を、ダイレクトに起動させちゃうんですかね。
飯野:音がいちばん速いです。たとえば、ゲームの中で主人公をインドに行かせたいとき、画でそれを表現するのは結構つらい。インドっぽさを出していくのに、相当時間かかるんだよね。でも「音」って、何となくインドに行けちゃうんだよね。あまりに空間的に単純すぎて、ばかばかしい感じであっても、画でやるよりはよっぽど説明的でないんです。音は人をもっていくんで、結構使えるんだ。絵や写真・ビデオを見たって、そこに行った気にはならないけど、目をつぶって音を聴いたら、そこに行った気になりますからね。(西:嬉しいこと言うなあ……)
飯野さんって、たぶんものすごく映画を観ている人なんですね。話しを聞いてて、すごく感じます。
一般的には、映画ってビジュアルなものだと思われがちだけど、実はすごく音でつくられているし、いい映画はその全体がひとつの音楽みたいなものじゃないでしょうか。
飯野:この間ね『タイタニック』やってたでしょ。僕はあんまり好きな映画じゃないんだけど、それでも3回も観に行ったんですよ。で、3回目は、ほぼ「音」だけを聴いていたんです。2回目で、そこに気がついてね。
音が素晴らしいんだ。3時間以上の映画だけど、タイタニックが沈んでいくっていう話自体は、スクリプトを要約すると紙1枚のペラで書ける、簡単な話なんです。しかも沈んでいく船の中で助け合うふたりみたいな、アホみたいな映画なのね。それがアホで終わらないために、映像はすごくまじめにやるのね。だから、あれだけ時間かかるわけ。あれを1時間半の映画にしちゃったら、次から次へといろんなことが起こって、単にアホな話で終わってしまうのね。そこを長引かせる。いわゆるリアルタイムっぽさを出すために、長くしているんですよ。
なるほど。
飯野:それがテクニックなんだけども、そうすると今度はリアルタイムすぎて感動できないのね。それをどうするかっていったら、「音」しかないんですよ。あの映画のサントラをよく聞いた後で、みなさんに、もう一度映画館に行ってほしいんですけれども、凄いんですよ。タイタニックが沈んでいく、っていうのを、ちょっとした音の積み重ねで表現していく。水が入ってきて、ああもうやばい、沈む。足元だったのが、膝になってみたり。それを、音で伝えているんです。音はいろんな形で使われているんだけど、その「沈んでいく感」が上手いですね。甲板のシーンで、海を映してなくても、結構海面が近づいてきたな、みたいなことを丁寧にやってて。それは僕、かなりビックリしましたね。ハリウッドの大作映画って、このレベルまでやっているのかと思って。参ったなこりゃ、凄いと思った。
ふーむ。やれることって、いくらでもあるんですね!
飯野:そうですね。あと「スターウォーズ」の中で、ルーク達がデススターを爆破しに行く、いちばん最後のクライマックス。爆弾を敵の基地の内部に投入して、離脱するまでのシーンがありますよね。後ろから、ダースベイダー達に追っかけられながら、巨大人工衛星の溝の中を飛行艇でギュンギュン飛んで行くシーン。「オールモストゼア、オールモストゼア!」って言いながら、なかなか爆弾が投入できない、いちばん盛り上がるチェイスのシーンがあるわけだけど、そこに曲が入ってないんですよ。
えっ? そうでしたっけ。
飯野:曲がないんです。「ブォーッ」という飛行艇の効果音だけで、そこには音楽を入れない。僕はすごく感心したんだよね。ここで音楽を入れない盛り上げ方って、なんて上手なんだろう! って思って。100 人音楽監督がいたら、そのうちの99人は、間違いなくあそこで曲を入れると思うんです。僕も入れると思う。だけどねえ、入ってないんですよ。音だけなんです。
ディズニーのアニメーションは、画じゃなくて音から先につくって、それに後から動画を付けるっていう話を聞いたことがあるんです。
飯野:そうですね。いま僕らがつくっている『D2』もそうですよ。セリフを先録りするんです。音を先録りして、それに合わせてCGをつくるっていう作業をくり返しています。
声を先録りする狙いは?
飯野:結局、演技をするのはCGじゃなくて、役者さんなんです。CGの画があって、そこに声を付けていくようにすると、演技が限定されちゃう。CGのメンバーは、セリフの間が想定できないんです。特に、会話がかぶったりするのが難しいね。普通、会話ってだいたいかぶり合っているんです。相手がしゃべっていると「だけどおまえさぁ……」なんて具合に、途中で突っ込んでいる。それが、CGだけの状態でやれない。別に悪口じゃないし、そうじゃない人もいるんだけど、アニメの声優さんって、それがすごく苦手なんですよ。テレビのアニメって、必ず先に画をつくって、後から声を録っているでしょ。画のほうも、ワンカットひとりで交互に映すのが基本で、だから会話の中で言葉がかぶらないんだよね。
飯野さんは、観察力がすごいですね。
自分を取り巻いている世界の成り立ち方みたいなものに、いつも目を向けている感じがする。
飯野:やっぱり、自分が驚いたり、感動したことについては、それを追求しますね。『タイタニック』も、なんでこんなに人が入るんだろう、なんでみんな感動しているのかなって思わなかったら、3回も観ません。映画としてうまいけど、どう考えても大した話じゃないし。でも、口コミやリピーターを含め、あそこまで人が入るってなんだろう。もちろんマーケティング的な理由もあるんだけど、これは「音」かなと思うに至ってね。音楽がいい映画って、たいてい退屈しないんだよね。
音楽というか、映画の中の音、全部ですよね。
飯野:でも、あのハリウッドの音って、なかなか出来ないよ。『エネミー・ゼロ』をつくったとき、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の効果音をやった人と一緒に仕事したんです。そのとき、日本の効果音の付け方と、外国のそれの違いみたいなことを沢山勉強して。たとえば、ピストルを撃つシーンがあったとき、日本の映画には弾を弾く音があっても、薬莢が床に落ちる音は入らないんです、絶対に。日本の映画って、画面に見えていないものには、音を付けないんですよ。もちろん絶対ではないけど、大部分がそうなんですね。
言われてみれば、そうかもしれない。
飯野:後ろからパトカーが「ピポピポー」と数台で追って来る、っていうシーンで、日本の映画なら画面にパトカーがフレームインしてから音がする。でも向こうの映画の場合、画面に入る前から、後ろからガタガタガタッて来ている音を入れて、それで距離感を出す。部屋の中で、主人公がどこにいるかとか、どのぐらいの広さであるとか、空間づくりをやっぱり音でやるんですよ。彼に言わせると、『マイアミバイス』みたいな、TVシリーズの毎週こなさないといけないような仕事でもそうなんです。画面にないものに対して、どれだけ音を付けるかということ。それが、忘れちゃいけない、いちばん重要なことなんだっていうのを、彼と何度も話し合って、すごい盛り上がってね。それで一緒に仕事をしたんですよ。
最後に、気楽な質問を。飯野さんは、どんな音が好きか。小さい頃に遡ってでもいいですが。
飯野:ピアノの音が好きです。楽器としても、本当に完成されている。最近、ヤマハから我が家にグランドピアノを借してもらえたんです。グランドピアノはでっかい脚で支えられていて、その脚が、弾いた音を床に伝えるわけですよ。ピアノを弾いてるプレーヤーが、いちばん気持ちいい楽器なんだよね、あれは。いい曲って、耳が不自由な方でも、ピアノに抱きついてるだけで気持ちいいんだよ。鍵盤を弾いている指にも、自分で弾いた音が振動になってフィードバックしてきて、すごく気持ちいいのね。
あとは、水の音が好きですね。実は人間って、砂漠のまん中にでも行かない限り、つねに水の音を聞いてるんじゃないかなって最近思う。いや、極端に言うと、砂漠のまん中でも聞いてると思います。海の音って、実は青山なんかにいても、ちょっと聴こえてるんじゃないかって思うんですよ。海岸のあの音は、薄まろうが、なくなるものじゃない。どこにいても、実は海の音を聞いているんじゃないかなと思って。周期を持っている唯一のものですよね、海の音って。あの音の情報量ってすごいんじゃないかな。たとえば、あしたの天気がわかったり、世界の情勢もわかるかもしれない。そのぐらいの情報が入ってるんじゃないかと思うんだけれど。人間は、そもそもからだのほとんどが水でできているんだからね。自分がこう動いただけで聴いているのかもしれないしし。水はすごく重要だと思っていて、水の音があると何かすごく楽になるんだな。
すごくいいイマジネーションですね、そういうの、好きだなあ。
飯野:とにかく、「音」には衝撃を受けますよ。「ガシャーン!」って鳴れば、誰もが振り返るじゃない。でも、「広末涼子のヌード」とか書いてある看板出してもねえ(笑)、そういう衝撃はないものね。僕はこれまで生きてきて、いったい何度音でびっくりしたかな。ビートルズの『ヘルプ』を小学校の3年生ぐらいで聞いて、えらくたまげて、その耳で聴いた衝撃が、ほとんど人生のはじめのベクトルをつくっているんだと思うし。オーケストラに入って演奏していると、ただレコードで聴いてるのとは全然違う音が聴こえてくることにブルッたり。そういう、音を介したブルブル体験が何度かあってね。
人間って、そうした個人個人のブルブル体験の中で、何がいちばん多かったかとかで、自分の仕事を選んだりつくっていったりすると思うんだけど、僕は圧倒的に「音」ですね。僕は絵も好きだし、シャガール見てもすげぇなと思うし、よく美術館に行って1時間くらいモネの『睡蓮』見たりしてるんだけど、それでも、ホーミーを聴いたほうが圧倒的に“参った!”という感じになる。賛美歌の「ハーレルヤ」も結構、ブルブルッとくるでしょ。寝ぼけまなこで友達の結婚式に向かって、教会に入った瞬間に賛美歌が鳴り響いていると「賛美歌ってこんなに良かったっけ!」みたいな。あまりとんがってない、ごく普通の生活の中でもブルブルこれるっていうのは、「音」は相当強いね。もともとそういうものだと思うんだ。サウンドっていうのは、人間の文化や進化にとって、いちばん大きいんじゃないかなというふうに思います。多くのことを、音で判断しているしね。
いちばんあって当たり前のものだから、普通、みんな逆に忘れちゃっている感じがありますよね。
飯野:そうですね。だいたい空気とか、奥さんとかは「常にあるもの」って思い込んでいて、ついいい加減になっちゃうけど、いざなくなると結構焦ったりするんだろうね。(笑)

飯野賢治(いいのけんじ)

1970年5月5日、東京都荒川区生まれ。 ゲーム制作会社の社員を経て、89年、自らソフトウェア制作会社を設立。
数多くのアーケード用・家庭用ソフトを手がける。 94年、32bit機以降のハードを対象にした、販売元も兼ねるソフトウェア開発会社、株式会社ワープを設立。 現在、代表取締役。
代表作に『Dの食卓』、96年12月に発売された『エネミー・ゼロ』、97年7月に発売された、 画像を使わない音だけのソフト『リアルサウンド~風のリグレット~』がある。同ソフトで、「マルチメディアグランプリ'97」のパッケージ部門ゲーム賞、 つづく98年には「ジャパン・ゲーム・オブ・ザ・イヤー'98」のサウンド部門サウンド賞を受賞。
現在は、99年にドリームキャストで発売予定のアクションRPG『Dの食卓2』など、ソフトウェアの制作のほか、ラジオのレギュラー出演などで活躍中。
また、97年に文化学会大賞を受賞、98年には『ビジネス・ウィーク』誌が選ぶアジアの50人「THE STARS OF ASIA」に選ばれた。