#16 アフリカ・西海岸編 サウンドバムガイド

アフリカ西海岸セネガルとガンビアは昔一つの国であった。植民地時代に川沿いをイギリスが、その回りをフランスが領土とした。その結果、セネガルではフランス語が、ガンビアでは英語が公用語である。
世界文化遺産のセネガルのゴレ島からは多くの黒人が奴隷として新大陸アメリカへ運ばれた。あの小説ルーツを書いたアーサーヘンリーの村はガンビアにある。
乾いたサバンナがある北セネガル、マングローブの森、湿地帯、密林地帯のあるガンビアと変化にとんだ大地。パリ・ダカラリーで有名なダカールへまず飛び、世界遺産になっている場所を含め、二つの国を「音の旅」してみました。

アクセス

空路
  • 成田 → パリ 12時間
  • パリ → ダカール 5時間
  • ダカール ⇔ バンジュール 40分
陸路
  • ダカール → バンジュール 約6時間+フェリー40分

* ガンビア国境でのビザの発行は、30分程度だった。割と簡単。

宿泊

ダカールではフランスのチェーンホテルノボテルへ。標準的なビジネスホテルで安全なホテルだが、Wサイズのベッド1つしかないので、ツインが欲しい人にはその側のラゴーンがお勧め。ラゴーンはこじんまりとしているが、部屋の下が海で景色は抜群。波音を聞きながら寝れる。
一方、ガンビアのホテルは超豪華リゾートホテルだった。同クラスのホテルがかなりあるという。安全できれい。対応もよい。のんびりしたい人にはお勧めです。1泊や2泊ではもったいない。

サウンドバム

セネガル
ダカールでは、フランスのにおいが残る町に活気が生きづいている。世界遺産のゴレ島は、歴史を知る上で重要。島では、アーチストが絵を売ったり伝統楽器を演奏している。
ダカール郊外のピンクレークでは、ピンク色の湖に船を浮かべ、静寂の中たんたんと塩をとっている。湖畔の村もなぜか静か。どちらも、乾いた風が吹く中、幻想の絵のように時が止まっている。 一方、かつて総督府があった町・サンルイ。その近くにある世界自然遺産ジュージ国立公園の湿地帯では、ペリカンのサンクチャリーをはじめ多くの鳥を見ることができる。ペリカンの羽ばたきを、真下で聴けるのはここだけかも。
この北のサンルイまでの街道も、バオバブの木が茂り、興味深い風景をつくり出している。
ダカール市内のアーチスト村、クラフト村では様々な伝統工芸品や民族音楽の演奏が。カーメル市場は地元の魚、肉、野菜果物を売るのんびりとした市場。そしてお勧めは博物館、貴重なセネガル周辺の民族資料が展示されている。仮面や衣装はまるでSFの異星人。

ガンビア
国境越えから、ガンビア川を渡るフェリーとアフリカらしい体験ができる。バンジュール郊外のリゾートホテル地帯では夜ごと地元ミュージシャンの御機嫌な演奏が聞ける。
そしてなんといっても聖なる森マカスツに見られる生態系、多くの生き物の歌声は貴重。ボートでのマングローブの森のツアーも楽しい。できれば新しくできるロッジに泊まってほしい。森の音を満喫できるだろう。
一方サラクンダの町では、入り組んだ路地の市場が面白い。いろいろな音楽が流れウォロフ語の売り声が聞こえる。もちろん鼻をつくさまざまなにおいもあるので、五感が全開。機会があれば、ガンビア川を船で3日間かけて登るツアーをやってみたい。

バム後記 アフリカはとても近かった。
by 川崎義博

アフリカは近かった。パリから5時間、降り立ったダカールの空港は、ヨーロッパからの 人々でごった返し、空港手続き代行人が名前を呼ぶ中、たくさんの荷物を積んだワゴンが通り抜けて行く。イミグレーション、カスタマーもあっさりと通りぬけて、代理人に連れて行かれた所に我々のガイドが待っていた。

名前はアダム。5ヶ国後を話す。イタリアでツーリズムを勉強したと言う。運転手は恐そうな顔のケーベ。二人の会話のウォロフ語は、いつか見たスタートレックの中の異性人の発音に似ていた。
この二人と旅を続けて行く中で我々はアフリカ、セネガルを理解して行った。彼らと出会わなければ表面を素通りしていただけかもしれない。彼らを通じて黒人の貴高さ、美しさ、特にセネガルの人が大切にする謙虚さホスピタリティに触れることができた。「TERANGA」。それが、彼らが大切にしている心である。

「イヤー川崎さん、黒人の人ってかっこいいよね!」「なんかセネガルに住みたくなったなあ~!」「ここの食べ物、日本人にとって全然問題ないよね、魚もおいしいし」。いつも重い機材を持つ、同行の岡田さんの言葉である。アフリカを去る最後の日に、彼は運転手のケーベからセネガル名をもらった。いつか又来る事を誓って。そう、カフェでビールを飲みながら。

実際にアフリカに来るまではいろいろな情報に惑わされた。正確な情報もなく、不安が先に少し歩いているような、バムスタッフらしくない感じであった。が、実際に来てみると今まで訪れた場所同様、大きな問題もなく、事故もなかった。
確かに現在アフリカの国で危険な所はある。しかし、我々の訪れたこの2カ国は、全然大丈夫である。もっと多くの日本人にこの国を訪れてほしい。アフリカへのワンステップとして。正直な感想である。

この2カ国には、産業となるべきものがあまりない。漁業が第1位、そしてツーリズムが第2位である。漁業はなんと日本の会社がたくさんある。多くの魚が日本に輸出されている。
ツーリズムには両国とも力を入れている。何か悪いことが起きれば、一番にツーリズムに響いてくることを知っている。
元々は一つの国だが、植民地時代の記憶、すなわちフランスとイギリスの違いが両国の間には少しある。一つの国になろうと言う動きは、たびたびあるらしい。

ちなみにセネガルはフランス的、おしゃれで、文化的なことを大事にしている。初代大統領は有名な詩人でもある。ダカール市内にある有名な建築家Piewre Gudiaby Atepa のデザインしたモニュメントはすばらしく、先に上げたセネガル人が大事にする心を表している。
また手先が器用で、クラフト村ではすばらしい彫刻を見ることができる。家具もヨーロッパから買いに来る。アーチスト村で見た伝統的な砂絵もすばらしいものであった。
世界文化遺産のゴレ島は奴隷の歴史を知る上で貴重な場所でもある。そして、最後に訪れた博物館は著名な学者Cheikh Anta Diopが作ったという。そこには、セネガルを中心とするすばらしい民族的資料が詰まっている。

一方、ガンビアはツーリズムが非常に洗練されており、イギリス的な面が多く出ている。とくに、通いつづけたマカスツの森(聖なる森)は、イギリス人の James とLowrence が最初に森の保護の為、森を買い取り、バックパッカーのキャンプから始め、ガンビアの地元住民と働き、森を手入れし、貴重な生態系が残る森として、今やエコーツーリズムの拠点となっている。
ちなみに、この森を中心に100種もの職業が生まれており、地元にとって重要な経済の拠点にもなっている。実際にそこを訪れると、実にのんびりと気持ち良く過ごせる。森を案内する若いガイド達も、実に誠実で森に関しての知識も豊富である。我々の訪問の意図をくみ取り、ずいぶんと協力をしてくれた。
現在建設中のロッジができれば、より快適に森の朝や夜を体験することができる。日本人でこういうことに興味ある人には是非訪れてほしい場所の一つである。

ガンビア川の島にはチンパンジーの孤児を森に返すプロジェクトの拠点などもあるらしい。ガンビア川を遡るツアーは是非体験したい物でもある。

今回のスタッフ紹介

岡田晴夫(セネガル名 MODOU OKADA)
録音の虫だが、今回一眼レフの鬼にも。ナショナル・ジオグラフィック誌のデジタル写真部門で、ブラジルバムでの写真が入賞。むろん録音はプロ。ビール好き。ガゼルビールのファン。

セネガルガイド・通訳:ADAM(アダム)
イタリアの大学でツーリズムを勉強したインテリ。フランス語・英語・イタリア語・スペイン語、そしてドイツ語を少々。地元のウォロフ語含め、数部族の言葉を話す。セネガルの文化・歴史に非常に詳しい。我々の先生。

運転手:ケーベ
恐い顔をしているが、やさしくて温和。ドライブはうまい。が、変な運転をするドライバーには怒る、ウォロフ語で怒るので解からないが....。今回、岡田の友人となる。

ガンビアガイド・通訳:Sheriff
一見普通の若人だが、大学でケミカルなどを勉強。その後、学校の先生をしていた。が、自然と鳥が好きでガイド業に転向。今回、鳥にとても詳しいことがわかった。電話好き。ガンビアツアー一番の働き手? ねむそう。

ガイド補佐:モビー(Mobby)
19歳くらい? 若い。1日しか付き合わなかった、若いが文化歴史などいろいろなことを良く知っていた。その内、優秀なガイドになるだろう。とてもノリがよい。

マカスツの森のガイド:Abdoulie Njie
かっこいい、長身でスリム。森の生態系に詳しい。非常に丁寧にガイドしてくれる。プロのガイド。

Kolley
若い森のガイド、やはり生態系に詳しく。いろいろ説明してくれる。口調はまだ説明的だが、非常に熱心。カフェの手伝いもする働き者。良い森のガイドになるだろう。

川崎義博(サウンドバム代表)
どこに行っても、すぐ地元になじむ。プロトマレーの顔つき。森に入ると目が輝き出す。

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