2024年 4月 8日
カーボンニュートラル
カーボンプライシングとはCO2に価格を付け、市場取引を行うことで排出者の行動変容を促す政策手法のことです。CO2排出にはコストがかかり、削減により利益が生まれると排出者が認識し行動が変わるため、社会全体でCO2削減に向けた取り組みを促せます。
CO2(二酸化炭素)は、地球温暖化の原因物質の一つです。家庭や企業から排出される温室効果ガスの影響により、地球環境の悪化が懸念されています。このような中、世界全体でカーボンニュートラルを実現する方法の一つとして、カーボンプライシングの導入が注目を集めています。
カーボンプライシングとは、CO2に価格を付け市場で取引することにより、排出者の行動改善を促す政策手法です。例えば、CO2の排出量に応じて税金を課す、省エネ効果の高い設備の導入に対し補助金を支給するなどの施策がその一例です。CO2の排出はコストとなり、CO2の削減は利益となることが当たり前となれば、社会全体でCO2削減意識を高められると期待されています。
本記事では、カーボンプライシングとは何か、種類や行うメリット、導入時の懸念事項、世界の導入状況などについて解説します。
カーボンプライシング(CP)とは、企業や団体の排出するCO2(二酸化炭素)に価格を付けることで、排出者の行動変容を促す政策手法のことです。例えば、企業に対しCO2の排出量に応じた金銭的な負担を求める施策がその一例です。カーボンプライシングはまだ歴史が浅い制度ではあるものの、カーボンニュートラルの実現に向けて有効性の高い手段の一つとして世界で注目を集めています。
カーボンプライシングの理解のためにも、カーボンニュートラルとは何か確認しましょう。カーボンニュートラルとは、CO2などの温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロにする方法です。具体的には、企業などからの「CO2の排出量」と、森林などによる「CO2の吸収量」を差し引き、合計がゼロになるようにさまざまな取り組みを行います。
2015年には地球規模の気候変動問題解決に向けたパリ協定が採択され、日本は2050年までにカーボンニュートラルなどの実現に合意をしました※。日本だけでなく、120以上の国と地域の共通目標となっています。
※参照:環境省「カーボンニュートラルとは」
カーボンニュートラルとは
カーボンプライシングは経済成長を犠牲にすることなく、カーボンニュートラルを実現する手段の一つとして注目されています。環境問題への取り組みは早急に進める必要があるとはいえ、多くの経済活動を止めてしまっては経済成長も望めません。そうなれば、環境問題そのものに対しても長期的な取り組みが難しくなってしまいます。
カーボンプライシングの取り組みが発展するにつれ市場取引が活発になっており、現在ではCO2の削減自体が価格評価されたりCO2を資源として利用する取り組みも評価されたり、経済成長とカーボンニュートラルがつながる土台が整いつつあります。
カーボンプライシングは、主に以下の3つの主体により実施されています。
「炭素税」や「排出量取引」など、カーボンプライシングは政府主導で行われる方法が一般的です。
企業が主体となり行うものに「インターナル・カーボンプライシング」があります。インターナル・カーボンプライシングは、企業が独自に自社のCO2に価格付けを行い、投資判断などに活用する方法です。
民間セクターでは、自主的にCO2の排出削減量に対しクレジットを発行し売買します。なお、同じクレジットでも政府主導のものと民間主導のものがあり、後者は「ボランタリークレジット」と呼ばれています。
日本では現在、政府主導のカーボンプライシングが主流なため、本記事でも国が中心となり進めている方法をご紹介します。
カーボンプライシングの手法は、主に以下の2つに分類されます。
それぞれについて具体的な政策を交えて解説します。
明示的カーボンプライシングとは、排出されたCO2 1トンあたりの価格付けを行い、企業などの排出量に応じた費用負担を求める施策です。CO2の削減に直接影響を与えられるため、削減効果が高い方法とされています。なお、明示的カーボンプライシングの中でも価格を固定する方法を「価格アプローチ」、全体の総排出量を上限設定により固定する方法を「数量アプローチ」と呼び区別しています。
炭素税とは政府がCO2の排出者に対し、排出量に応じ直接課税する価格アプローチの方法です。幅広い排出者に対し少しずつ負担を求められるだけでなく、既存の税制にも組み込みやすい点がメリットです。
なお、賦課金や負担金などの名称で呼ばれることもあり、日本では「地球温暖化対策のための税」が2012年10月よ り導入されています※。課税により集めた税金は、CO2排出抑制のための諸施策を実施する目的で利用されます。
炭素税により、企業は以下のどちらかの実施が必要です。
どちらであっても結果的にCO2の削減に貢献できます。ただし課税価格によっては税金を支払った方が安いとみなされ、排出総量の削減効果が薄くなる恐れがあります。
※参考:環境省「「地球温暖化対策のための税」について(FAQ)」
「地球温暖化対策のための税」について(FAQ)
排出量取引とは企業ごとにCO2排出量の上限を決定し、過不足分の排出量枠を市場取引により売買する数量アプローチの方法です。例えば、CO2の排出量を抑制した結果、排出枠が余った企業はその枠を別の企業に権利として売り対価を得られます。これにより、実質的にCO2の価格付けを行います。
排出量の上限をあらかじめ設定するため、CO2の全体量削減に効果的な方法です。ただしCO2排出量の多い企業では、排出枠の市場価格が不明確なためコスト負担が予想しづらく、排出量のモニタリングも必要となる点がデメリットです。
クレジット取引とは、CO2の排出削減に対し国が「クレジット」として価値を付け、市場取引ができる数量アプローチのことです。例えば、当初予定されていたCO2の排出量に対し、どの程度削減できたかという差分量に価値を付けます。他にも化石燃料ではないエネルギーが持つ価値を売買する方法などがあります。
企業はCO2の排出削減を積極的に行うことで、クレジットを売却し利益を得ることも可能です。日本では、2013年 より「J-クレジット制度」が導入され、運用と研究が続いています※。
※参考:J-クレジット制度事務局「J-クレジット制度について」p. 3
「J-クレジット制度について」 (PDF)
暗示的カーボンプライシングとは、企業や個人に対し、間接的にCO2の排出量や削減量に対し価格付けを行う方法です。例えば、以下の通りです。
上記の方法により、間接的に排出または抑制したCO2に対し価値を付けられます。なお、暗示的カーボンプライシングは幅広くCO2の削減を促せるものの、明示的カーボンプライシングに比べ大幅なCO2の削減効果は期待できないとされています。
補助金・税制優遇とは、省エネ効果の高い製品や設備の導入・買い換えに対し、税制上の優遇をしたり、補助金を出したりする制度のことです。補助金などにより省エネや再生可能エネルギーの使用を後押しすれば、導入推進が期待でき、結果としてCO2の排出削減につながります。
エネルギー課税とは、化石燃料のようにCO2の排出につながるエネルギーに対して課税をする方法です。課税により化石燃料の価格が相対的に上がるため、太陽光や風力など、環境負荷の小さいエネルギーを消費するように促せます。
固定買取制度(FIT)とは、電気事業者に対し、国が一定の期間・価格・条件で再生可能エネルギー由来の電気の買い取りを義務付ける制度です。個人や一般事業者が発電したエネルギーを買い取ることで、太陽光発電などの再エネ設備の導入を促します。
カーボンプライシングの目的は地球温暖化対策ではあるものの、活用次第で企業にも消費者にも恩恵があります。ここからは主なメリットをご紹介します。
カーボンプライシングの導入により、CO2の排出にはコストがかかり削減により利益が出るということが明確になります。また市場取引を通じ価値が共有されれば、企業や個人のCO2削減意識を高められるでしょう。地球温暖化対策で何をどの程度行えばよいか分かりやすくなり、行動もしやすくなります。
CO2に価値が付けられれば、消費者は今まで以上にCO2の排出や削減について意識をします。例えば「省エネ家電に助成金が支給され、実際に導入した結果、電気代の節約につながった」などのメリットを享受できれば、消費者自身の意識や行動が変わるでしょう。多くの消費者の行動が変われば、企業の製品開発などにも影響を与えられCO2削減を後押しできます。
従来であれば環境問題への取り組みは慈善事業の側面が強く、企業イメージは向上するものの、努力を直接評価できる仕組みはありませんでした。カーボンプライシングなら、企業は設備投資などにより削減したCO2排出量を売却するなどして利益を得られるようになります。環境意識の高い企業が正当に評価されるのです。
カーボンプライシングにより、政府はCO2排出量に課税し得られた収入を、環境問題への取り組みに再投資できます。そのため脱炭素などの技術の活発化や発展の後押しが可能です。またCO2の排出にコストがかかることで、企業・消費者が共にCO2削減効果の高い製品や設備を求めるようになり、脱炭素技術の普及を期待できます。
カーボンプライシングはメリットもあるものの、懸念事項もいくつか存在します。ここからは懸念事項について詳しく見ていきましょう。
これまで価格の付いていなかったCO2に対し、適切な価格を設定するのは国主導であっても難しいでしょう。
企業の排出枠の設定一つとっても、枠に余裕を持たせすぎるとCO2の排出削減効果が低減します。一方で、枠を狭めすぎればコストを圧迫し、国際競争力や企業間競争力の低下につながる恐れがあります。経済状況などによっては価格調整も必要です。
カーボンリーケージとは、一般的に以下の2つを意味します。
特にCO2対策をしている国としていない国で、製品価格に差が生じ企業の競争力に差が出ることは大きな問題とされています。そのため輸入時に炭素課金を行う、輸出時にCO2対策コスト分の還付を行うなど、「国境炭素調節」により均衡を計る必要があります。
カーボンプライシングは各国で導入が進んでいます。まず排出量取引制度は2005年にEU、2015年に韓国で開始されました。また中国では、2021年から電力事業者を対象に開始しています※。炭素税についてもEU諸国やカナダの一部地域などで導入されています。
なお、日本では「成長志向型カーボンプライシング構想」を打ち出しており、排出量取引制度と炭素賦課金の導入などを目指しています。
※参考:経済産業省 資源エネルギー庁「脱炭素に向けて各国が取り組む「カーボンプライシング」とは?」
脱炭素に向けて各国が取り組む「カーボンプライシング」とは?
カーボンプライシングとは、CO2に価格を付け市場で取引し、排出者の行動改善を促す仕組みのことです。CO2の排出は地球温暖化など環境悪化の要因とされ、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みの一つとして世界で導入が進んでいます。とはいえ、CO2に価格を付ける取り組みは歴史も浅く、研究や実証の最中です。今後の改善により、CO2排出量に合わせて環境負荷コストを公平に負担できる仕組みとなることが期待されています。