テラヘルツ波とは、電波と光の間の領域である0.1~10テラヘルツ(THz)近傍の電磁波で、電波と光の両方の特徴と性質を兼ね備えています。
電波には、一般的に受信機の感度を高くすることが可能で、周波数分解能が高く、遠くまで届く、といった特徴があります。また、透過性に優れ、布、紙、木材、プラスチック、陶磁器などを透過しますが、金属や水は透過しないといった性質があります。
一方、光には、直進性に優れ、レンズで収束させることが可能という特徴があります。テラヘルツ波を用いることで、両者のメリットを活かしたイメージングシステムの設計が可能となります。
従来、テラヘルツ波は利用が難しいとされてきましたが、デバイス面を中心とした近年の技術進歩により、実用化が加速しつつあります。特に物体内部の高解像度透過センシングといった非破壊検査分野、分光分析分野、セキュリティ分野、大容量無線通信など、その特性を活かした新しい分野への応用が期待されています。
テラヘルツ波を用いたイメージングシステムの開発においては、光学技術をはじめさまざまな技術が必要であり、特にヘッド部にはDVD、Blu-ray等の光ディスク用ピックアップヘッド技術が活用できます。そこで我々は、これまで培ってきた光学技術、小型化技術、信号処理技術等を組み合わせることで、テラヘルツ・イメージングシステムの試作(試作機)開発を行いました。試作機を用いて非破壊検査分野での有用性の検証を実施し、テラヘルツ波のユニークな特徴を活かした成果が得られています。
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)のプロジェクトとして実施された、イタリア・フィレンツェのサンマルコ美術館が所蔵するフラアンジェリコ作「受胎告知」の計測・調査に、上記の試作機が使用されました。この計測・調査では、試作機を美術館に持ち込み、現地研究者やNICT研究者と協力して巨大な壁画のテラヘルツ波による計測に挑みました。透過性に優れ、非接触で内部構造を知ることができるというテラヘルツ波の特性を利用し、壁画を非破壊・非接触で計測することで、「受胎告知」の今まで知られていなかった内部構造のイメージングに成功しました。本計測・調査の結果は、壁画作成のより詳しい技法や後世での修復処理の過程の解析に役立ちました。
また、独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所の「高松塚古墳壁画」の計測・調査において、修復のための壁画の状態計測に試作機が活用されました。計測によって壁画の劣化状態が明らかになり、その結果に基づいて修復計画の見直しが行われました。